〇冒頭ヒキ・透花の回想・過去~未来
※数コマずつ場面が変わる
散らかったリビングに蹲る透花。
透花モノローグ『子供は選べない』『生まれ育つ環境を』
髪を掴まれて泣いている透花母と、暴力を振るう透花父の姿。
透花モ『――そんなのはいやだ』『私は、私自身で幸せを掴んでやる』
歩を進めながら、高校生から大学生へ、大学生の女の子としての姿から男装カフェのキャストへと姿を変えていく透花。
透花モ『だから私は――』
男装透花、必死な顔で正面の眩い光へと手を伸ばす。
反対側からそれを掴む手。
光の中、振り返って無邪気に笑う遊飛の姿(顔は見えない)。
透花モ『――早く、大人になりたかった』
ホッとして表情を緩める透花の顔アップ。

〇大学の教室内・昼
キャンパス内の様子。お昼を指す時計。
教科書をしまっている透花と隣の席で大きく伸びをする百合。
 百合:透花の高校からの友人。金髪でギャルっぽい見た目をしている。友達が多くて噂好き。
百合「はぁ~、終わったぁ! 透花、学食いこ~!」
透花「うん」
教室を出て校舎の玄関へ向かう二人。
百合のスマホに五月十二日と表示される。
百合「時間経つの早くない? 二年もあっという間に一ヶ月だよ」
透花「そうだね」
校舎の外へ出て学食のある別校舎へ向かう二人。
近くから豪快に笑う声がする。透花そちらを見る。
男三人(遊飛含む)、女三人の派手な陽キャグループが菓子パンなどを片手に楽しそうに話している。
透花(賑やかだな)
透花、ため息を吐く。
透花(ああいう人達はきっと、余裕がある。何も考えなくても楽しめるんだろうな)
視線を落とす透花と、それに気付かないまま遊飛の姿を見つける百合。
透花(少しだけ、羨ましい)
百合「あ。ユーヒ先輩」
陽キャが苦手でげんなりする透花。
透花「え? 知り合い?」
百合「そんなあからさまに嫌な顔せんでも」愉快そうに笑う。
ゲラゲラ笑ってる遊飛アップ。
百合「あ、あの眼鏡掛けてる人ね。有名人だよ」
透花「有名人、ねぇ。まあ、あれだけ目立てばね」
百合「まー、確かにあそこはみんな有名だけども。ただ、ユーヒ先輩はねぇ、留年してるから」
透花「……はぁ」興味なさげ
透花(留年、ねぇ。真面目に勉強してる人ならまだしも……)
百合「ユーヒ先輩ねぇ、単位全部取ってたのに卒論出し忘れちゃったんだって」
透花「……はぁっ!?」ガバッと百合を見る
透花(いや、確かに卒論提出は卒業の前提条件、だけども。そんな大切なものを、出し忘れる……!?)信じられない、と目を剥く
透花「……本当に馬鹿な人っているんだ」哀れむような目
百合「ブフォッ、ちょっと透花!」ツボって笑いだす
二人の背後に近づく人影。
百合「……てか、一年いて全然知らないとかある? ユーヒ先輩のコト」
透花「全然。今日初めて聞いた」
二人の真後ろで声を掛ける遊飛。
遊飛「ちょっとちょっと~」
ビクッと肩を震わせる透花と百合。
百合「ドヒャッ!」
振り返る二人。
すぐ近くで無邪気に笑う遊飛。
百合「もー、驚かせないでくださいよぉ」
遊飛「ごーめん、ごめん。でも今俺の悪口言ってたでしょ~。やめてよ~、ただでさえ怖がる子多いんだから」
百合「いやいやいや、まさかまさか! もうす~っごくいい先輩がいてぇ、って」視線が斜め上を向く
遊飛「絶対嘘じゃん」
透花(そうだ。百合ってめちゃくちゃ顔広いんだった)仲良さそう……と居心地悪くなる
思い出したように手を打つ遊飛。
遊飛「あ、そーだ。今日サークル合同で飲みに行こって言ってたんだけど、来る?」
百合「え、マジですか!? い~く~!」
遊飛「おけ。後でグループ追加するね。お友達は?」当たり前のように透花に声を掛ける
透花「……え゛っ」
遊飛「飲み」
透花「いや、私、サークル入ってないですし」
遊飛「いーよいーよ、サークルなんてみんなで遊ぶ為の理由みたいなもんだし」
透花「いや……いいです」嫌そうな顔
百合「透花、お酒の席、あんまり得意じゃないんですよ~。折角の大人の特権なのに~」
透花「大人って」失笑する
暴力を振るう父やヒステリックな母の姿が過る。
静かに目を伏せる透花。
透花「全然大人じゃないでしょ、学生なんて」皮肉めいた笑い
遊飛、目を丸くして透花を見る。
透花「百合なんてお酒飲めるようになっただけの五歳児じゃん」普段通りに戻っている
百合「はぁ!? それどーゆーことぉ?」ムキー! としている
透花「そのままの意味だよ」
百合「透花ぁ~~~?」
二人の様子に吹き出す遊飛。
遊飛「ふっ、はははっ! そっかそっか、ごめん。そーゆーことなら無理強いはしないよ」
透花(……あれ)意外そう
遊飛「気が変わったらユリちゃん経由で連絡ちょーだい」
少し離れた場所からグループの男女が遊飛を呼ぶ。
遊飛「じゃね。えーっと」何て呼ぼうか悩む
透花、ああと思い至る。
透花「紅谷透花です」
遊飛「透花ちゃんね。俺、蝶野遊飛。じゃ」二人に手を振って去って行く
透花(……もう少し粘られるかと思った)小さく手を振りながら
百合「いい人でしょ」
透花「いやそれはわからないけど」
百合「で、今日ほんとに来ないの?」
透花「うん。そもそも」
場面転換。夕方の景色。
透花「――バイトあるしね」

〇男装カフェ『Magical House』・夕方
更衣室で着替える透花。
短い黒髪に燕尾服をお洒落にデザインした制服。
着替え終わり、笑顔で店のホールに出る透花。
アンティークな意匠があしらわれた洋館調の美しいホール。
お客さんの男女比は4:6くらい。
透花「おはようございまーす!」メイクで若干男性寄りの顔付きになっている。
数名の男装キャスト、透花へ「おはよー」と返す。
女性客A「透くんおはよ」
透花「おはよ、ナナちゃん。ネイル変えた?」
『Magical House』の内装を引きで
透花モ『ここは男装カフェ『Magical House』。私のバイト先だ』
地味な女の子の格好の透花と男装キャストとしての透花が背中合わせになっているコマ。
透花モ『昼間、地味な大学生として過ごしている私は、夕方になると透という全くの別人として振る舞う』
お客さんと楽しそうに話す透花(テンション高め)
透花モ『私はここの仕事が気に入っている』
ちらつく両親の姿。
透花モ『透としている間は現実のことを忘れていられるような気がするから』
「じゃあドリンク作ってくるね」「ありがと~」という透花と女性客Aのやり取り。
透花(惨めな自分を忘れていられるから……)
ガチャ、と店の扉が開く。
扉に取り付けられていたベルが揺れて鳴る。
「ちゃんと歩けよー」「ばかじゃん」のような騒がしい声が聞こえる。
キャスト「僕案内しちゃうね~」
透花「うん」
透花(声デカ……酔っ払い客だな)
キャスト「じゃあご案内しまーす! あ、おにーさん、転ばないように気を付けてね」
「はーい!」と大きな返事
「えー、やば」「中めっちゃ綺麗じゃん」「すげー」など、キャストに続きながらぞろぞろと入る団体客。
ドリンクを取りに行こうとした透花、チラッと団体客を見て固まる。
日中に見かけた六人グループが案内されている。
透花(うっっっそ……! 何でこんなとこに!?)ヒィィッ
一番酔っていた男友達に肩を貸していた遊飛。視線に気付く。
バチッと合う視線。
すぐさまホールの裏へ逃げ込む透花。
透花「な、なんで、ここに来るの……!」
キッチンに立つボーイッシュな女性が顔を覗かせる。
キッチン「透~?」
透花、ハッと我に返る。
機敏な動きでドリンクを作り始める。
透花(い……っ、いやいや落ち着け、落ち着け。殆ど面識はないし、あの人とも一瞬話しただけっ、向こうは忘れてるかもしれないし、そもそも今は見た目だって変えてる!)無駄のない動き。※セリフは早口の呪文のように
透花(そう、だから)ドリンクを持って女性客Aの元へ戻る。
遊飛達へお店の説明をしていたキャストが「透~」と呼ぶ。
透花(私の正体が)キラキラ笑顔で向かう
酔っ払った友人に「大丈夫~?」と声を掛けていた遊飛。近づいて来る透に気付いて顔を上げる。
キラキラしたまま透花アップ。
透花(バレる訳が――)
透花「初めまして。透って言いま」※1行前の心の声言いながら
遊飛「あ」遮る
無邪気な遊飛の顔。
遊飛「お昼の子だ~」
透花(ヒィィィイイッ!!)
男友達「え、何知り合い?」
遊飛「そー。今日初めて話して。えっと確か名前は――」
透花「ト・オ・ルです」圧を掛けた笑顔
キョトンとする遊飛。
透花「俺はずっとこの館でお給仕している身。ですから、皆様とお会いするのは初めてだと思うのですが」スラスラと早口で※一行目に『※男装カフェの設定』という注釈
顔を強張らせた透花と暫く見つめ合った後、手を打つ遊飛。
遊飛「……あー、ごめん、人違いだ」
男友達「はぁ? んだよそれぇ~!」
女友達「何~? ナンパ?」
遊飛「ナンパって。男にはしないって~」
ホッとする透花。
何事もなかったかのように友達や他のキャストと話し始める遊飛。

時間経過

キャスト、遊飛達と話している。
遊飛「あ、お会計これで」
キャスト「はーい」
キャッシュトレーにお金を乗せる遊飛。
キャスト、お金を持って離れる。
他のお客さんのテーブルにドリンクを置きながらも、退店していく男女を盗み見る透花。
透花(結局あれ以降、問題は起きなかった。……騒がしくはあったけど)
酔っ払っていない友達に先に店の外へ出るよう促す遊飛。
遊飛「立てる?」
男友達「おお~」
遊飛「ほら、行った行った~」
透花(あの人、言いふらす感じはなさそうだし)
二人目のテーブルにドリンクを運ぶ透花。
その背後でキャストが遊飛にレシートを渡す。
キャスト「はい、こちらレシートです」
遊飛「あ、どうもありがと~」
キャストと遊飛のやり取りをしている後ろで、酔っ払っていた男友達がバランスを崩す。
男友達「う、お……っ!」
男友達、咄嗟に透花の腕を掴んでしまう。
別のテーブルへ移動していた透花、死角から足を捻ってしまい一緒に体勢を崩す。
透花「っ、な……」驚愕
迫る床。
目をかたく瞑る透花。
透花(こ、転ぶ――)
ぐい、と透花の腰を引き寄せられる。
遊飛「っ、と……」
ハッと目を開ける透花。
遊飛の顔アップ。やや焦りが滲んでる。
遊飛「大丈夫?」
遊飛、片腕で透花を支えている。
透花「だ、だい、じょうぶ……」何かに気付く
遊飛、トレーに残っていたグラスを掴み持っている。
中身が半分くらい零れていて袖がびちゃびちゃ。
透花「ちょ、服……っ!」
遊飛「あ、割れちゃうと思って咄嗟に……」
キャスト「うわ、わー! すみません! く、クリーニング代……!」
男友達「いやこっちが! すんません……!」
透花や他キャスト、男友達大騒ぎ。
遊飛、透花を立たせてやる。
笑いながら空いていたテーブルにグラスを置く遊飛。
遊飛「や、お気になさらず。元々こいつのせいなんで」笑顔で男友達を小突く
遊飛、男友達に肩を貸しながら出口へ向かう。
遊飛「それじゃ、お騒がせしました~」
退店直前、片手でごめんのジェスチャーとウィンクを透花に向ける遊飛。
キャストやお客さんがざわざわとする中、呆然と立ち尽くす透花。