さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

「失礼します」

 中に入ると革張りのソファが置かれた応接セットがあり、その奥に大きな執務机が置かれている。机の前にも椅子が二つ置かれていて、ちょっとした打ち合わせができるようになっている。そして窓際には大きな観葉植物があり、オフィスよりもリラックスできる雰囲気の部屋だが、毎回、私はこの部屋に入ると緊張する。その原因は森沢先生だろう。

 カタカタというキーボードの軽快な音が響いていた。執務机の向こう側に座り険しい表情で先生はキーボードを打っている。話しかけるのも躊躇われるが、勇気を出して机の前まで行き、パソコンに向かう森沢先生に声を掛けた。

「先生、今年の健康診断の結果をお持ちしました」

 私の声で先生の指がピタリと止まる。
 パソコン画面から私に視線を移した切れ長の目に見つめられ、じわりと背中に緊張の汗をかく。

「どうぞ」

 USBメモリを差し出すと、先生の青いワイシャツの腕がこちらに伸び、USBメモリを持つ私の指先に触れるが、先生は全く気にする様子なく受け取った。

「パスワードは?」
「以前と変ってません」

 先生はUSBメモリをパソコンに接続すると、無表情なままパスワードを打ち込む。
 パソコンに向かう先生の顔を見ながら、綺麗な顔立ちをしていると思った。

 艶のある黒髪に卵型の輪郭の小さな顔。その中にバランスよく収まる意志の強さを感じさせるキリッとした怜悧な切れ長の目。すっと通った高い鼻筋。そして薄くも厚くもない引き締まった唇。その端整な顔立ちを改めて見ると、本当に美しい。久保さんが夢中になるのも少しわかる。