さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

 ドタンという大きな音がして、石黒くんは尻もちをついた格好で床に倒れた。
 石黒くんを投げ飛ばしたのは森沢先生だった。

「何するんだよ!」

 石黒くんが森沢先生を睨む。
 森沢先生は私を背中に庇うようにして、石黒くんの前に立った。

「それはこっちのセリフだ。今すぐ出て行け! 二度と彼女に近づくな! さもなければ通報する。お前のしたことは犯罪だぞ。会社にも報告するからな」

 厳しい口調で石黒くんに話す森沢先生が別人のように見える。

「会社って……あ、お前は産業医の!」
「森沢だ」
「なんでこんな所に産業医がいるんだよ。綾ちゃん、こいつと出来ているから、別れるって言い出したのか? 俺を裏切ったんだな」
「彼女とは何もない! ただ隣に住んでるだけだ。それから裏切ったのはお前だろ? 彼女以外の女性とホテルから出て来たのを見たぞ。確かあれは新宿にあるシティホテルだったな」

 そう言って先生がスマホを取り出し、石黒くんに何かの画像を見せた。
 石黒くんの顔色がみるみる青ざめる。

「いや、これは」
「相手は既婚者だよな。営業部の安藤課長の奥さんじゃなかったか? 安藤課長に知られたら間違いなく慰謝料請求されるだろうな。あの人、執拗な性格をしているから、会社でのお前の居場所もなくなるな」
「奥さんとは別れましたから、どうかこのことは安藤課長には内緒にして下さい」

 石黒くんが泣きそうな声で懇願し、手のひらを返したように土下座する。
 本気で安藤課長に怯えているようだった。

「すみませんでした。もう二度と、綾ちゃんに近づきませんから」
「その言葉、忘れるなよ」
「はい」
「彼女に謝れ」
「綾ちゃん、本当にごめん。全部俺がいけなかった」

 石黒くんが私にも土下座する。
 情けない姿に苦笑が浮かぶ。

「もう行け」

 森沢先生の指示に石黒くんが立ち上がり、逃げるように出て行った。