さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

「逆でしょ? 私は石黒くんの為に週末の日中は時間空けてあったよ? こんなこと言いたくないけどさ、バイトすることになったのも石黒くんとこのマンションに暮らす為だったんだよ。私のお給料だけじゃ払えない家賃だって知ってるよね?」

 スプーンを置いた手が怒りで小刻みに震えているのが自分でも分かった。
 目の前の石黒くんは、驚きと困惑を浮かべている。

「綾ちゃん、怒ったの? ごめん、ごめん。そうだった。俺が忙しかったんだよね。いや、六月、七月は仕事も忙しくてさ。家に帰れば母親の世話だし。手術したから母親が動けなくてさ」

 プツンと頭の中で何かが切れる音がした。
 これ以上嘘をつき続ける石黒くんに我慢ならなかった。

「お母さん、手術しなかったって知ってるよ。大したことなかったんでしょ?」

 石黒くんがきょとんと目を丸くする。その顔を見て、不思議なほど冷静になっていく。

「それに石黒くんが同棲する気なかったのも知っているから」
「綾ちゃん、誤解だよ」

 石黒くんが慌てて、私の手を取ろうと伸ばしてきたけど、その手を叩いた。
 彼が驚いたように手を引っ込ませ、信じられないものを見るような視線を向けてくる。
 その瞬間、自分の気持ちがハッキリとわかった。

「石黒くん、私たち別れよう」

 私はもう石黒くんを好きじゃない。一人になるのが怖くて石黒くんに必死にしがみついていただけだ。
 本当に私はバカだった。こんな嘘つきと別れたくないと本気で思っていたなんて。

 ローテーブルの上の石黒くんの為に作ったオムライスを見て、自分の情けなさを感じる。
 こんな人の為に深夜のファミレスで働いて、私は何をやっていたんだろう。悪い夢を見ていた気がする。