さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

「先生が赴任した時、元気な高齢者に沢山働いてもらった方が会社も利益になるって、話してましたね」
「一年前のことなのに、よく覚えていますね」
「先生のお話はいつも勉強になるから覚えているんです」
「僕は、いかにハッピープリンが人を幸せにするかっていう一条さんの話を覚えていますよ」

 クスッと笑う先生の顔に心臓が小さく跳ねた。
 私の話なんて覚えていないと思っていたのに。

「えっ、ハッピープリンの話、先生にしましたっけ?」
「卵不使用のハッピープリンのおかげで卵アレルギーの従弟が喜んだって聞きました」

 先生が卵アレルギーだって聞いて、ハッピープリンを差し入れしたことがあった。その時にした何気ない話だ。それを覚えていてくれたことが嬉しい。

「従弟の嬉しそうな顔が忘れられず、ハッピープリンを製造しているハッピーフーズに就職したという話は素敵だと思いました」

 素敵だなんて照れくさい。
 そう言えば、食で人を幸せにしたいと大それたことも言った気がする。
 
「私なんかの話を覚えていてありがとうございます。あ、もう着きましたね」

 マンションまで戻って来た。
 先生と一緒にいた時間があっという間に感じる。もう少し先生と話したい気がするのは、深夜の妙なハイテンションだからだろうか。

「あの先生、良かったら家でコーヒーでも飲みませんか?」
「え?」

 エントランス前で立ち止まった先生が目を丸くして私を見る。その表情には、驚きと戸惑いが見えた気がした。そんなに驚かれることを言っただろうか。

「なんか先生と話していたら楽しくて」

 先生の視線が妙に恥ずかしくて、もじもじと組んだ指先を動かしながら口にした。