さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

「会社ではすみませんでした」

 謝らなきゃと思っていたら、先に先生に言われて驚いた。

「一条さんのプライベートに口出しをし過ぎたと反省してます」

 まさか先生がそんな風に思っているとは思わなかった。

「いえ、私の方こそすみませんでした。心配して下さったのに、酷いことを言って」
「酷いこと?」
「私のプライベートに関わらないで下さいとか、深夜の待ち伏せはやめて下さいとか言ったことです」
「待ち伏せはしてません。いつも偶々コンビニに用事があるだけです」

 ムキになって否定する先生が何だか可笑しくて笑みがこぼれる。

「会社では仕事だから私を待っていると言ってませんでしたっけ?」
「え、いや、それは、その」

 先生が気まずそうに口ごもる。
 そんな先生に会社で会う時よりも親しみを感じる。

「先生、私のこと寝不足だって注意したけど、先生は大丈夫なんですか?」
「勤務医時代に鍛えられたから短時間でも平気です」
「先生、病院にお勤めだったんですか?」
「二年前までは大学病院にいました」
「大学病院ですか。忙しそうですね。なんで産業医に?」
「予防医療の方が大事だと思ったからです。大学病院にいた時は外来で会った患者さんから、仕事が忙しくて病院に来れなかったとよく言われました。それで悪化させる方を見て、何とかしたいと強く思ったんです」

 真剣な表情で語る先生の横顔を見て、一年前、先生がうちの会社の産業医として赴任した時、衛生委員会の講話で高齢者が増える日本にとって病気になってから治療するのではなく、病気になるのを予防することが大事だと話してくれたのを思い出した。

 その話の裏側には先生が医療現場で感じた想いがあったんだ。
 深夜のファミレスで働く私を心配してくれるのも、私が体を壊すのを医師として予防してくれようとしているんだ。
 先生の想いに気づいて、胸がじんわりと温かくなる。
 森沢先生は立派なお医者さんだ。