さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

「えっ、なんで」

 思わずそう口にすると、森沢先生が「僕がファミレスに来るのはおかしい?」といつもの不愛想な表情のまま口にする。

「いえ。森沢先生と遭遇するとは思わなかったから、驚いただけで。あの、どうぞ。お席にご案内します」

 メニューとおしぼりを持って窓際の席に森沢先生をご案内する。

「お冷はセルフサービスとなっておりますので、あちらのドリンクバーのコーナーからお持ち下さい」

 スマホを見ている先生に声を掛けるが、先生は画面を見たままだ。

「お決まりになる頃にまた伺います」
「ドリンクバー一つとコーヒーゼリー」

 立ち去ろうとしたら先生が無表情なままオーダーする。
 エプロンのポケットから取り出した端末で注文を入力した。コーヒーゼリーと言われて、ハッとする。コーヒーゼリーの上にはアイスクリームがのっていた。確か、森沢先生は卵アレルギーだ。

「アイスクリームに卵が入っていましたら、アイスはなしにしますか?」

 一応確認の為に聞くと、先生は眉を上げて私を見る。

「大丈夫です。成分を見たら卵は入っていないものでした」

 先生がスマホの画面をこちらに向ける。
 メニューにはQRコードが載っていて、成分を確認できるようになっていた。
 画面を見ると、コーヒーゼリーのアイスに卵は使われていなかった。店員として知らなかったのが恥ずかしい。

「失礼しました。ドリンクバーお一つとコーヒーゼリーですね。ドリンクバーはあちらにございますので、ご自由にお使い下さい」

 森沢先生が小さく頷き、私は席を離れた。
 そして再びコーヒーゼリーを持って森沢先生の席に行くと、先生のテーブルの上にはコーヒーと、分厚い本が置かれていた。パッと見た所、分厚い本は医学書のようだ。

「ご注文の品は以上になります」

 コーヒーゼリーを置いたあと、伝票をテーブルに置くと先生は黙って頷き、医学書に視線を戻した。まるで私のことなど一ミリも興味がないという感じだ。
 先生は本を読みに来たのかもしれない。そういうお客様もいる。
 きっと一時間くらいで帰るだろうと思っていたら、先生は午前0時半のラストオーダーの時間も店にいた。