さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~

 バイトをしているファミレスはマンションから徒歩五分の場所にあり、ハッピーフーズのお得意様でもあった。
 働くなら馴染みがあって、一秒でも早く家に帰れる所がいいと思い、このお店を選んだ。

 更衣室でファミレスの制服に着替える。落ち着いたモカ色の半袖ワンピースに白いエプロンで、背中まである黒髪を、手早く後ろでひとつに結んだ。最初は着慣れない感じだったが、働き始めて二週間が過ぎ、ようやく馴染んで来た。

 お店に出ると、土曜の夜ということもあり、店内には大学生くらいの若いお客様の賑やかな話し声や笑い声が響いていた。もし石黒くんと一緒だったら、私も楽しい夜を過ごしていたのかもしれない。一瞬、寂しさがよぎるが、お客様の笑顔を眺めていると、心が温かくなり、仕事のモチベーションも上がる。お客様を笑顔にする仕事はやりがいを感じるから好きだ。

 同じ理由で会社での労務の仕事もやりがいを感じる。
 労務は社員の駆け込み寺的な側面があり、困っている社員の相談に乗ることがよくある。一緒に解決策を考え、問題が解決した時の相談者の笑顔を見た瞬間、こんな私でも人様のお役に立っているのだと思うと嬉しくなる。最初はハッピーフーズの商品企画部に入りたかったけど、今は社員の皆様を支える人事部での労務の仕事が私に向いていると思うようになった。

「一条さん、お会計お願いします」

 ホールリーダーに言われて、レジに立ちお客様のお会計をする。
 緊張しながら伝票を受け取り、電子マネーでのお支払いの操作をした。最後にお客様にレシートを渡して、「ありがとうございました」という定型句を口にすると、「ごちそうさまでした」と、若いお客様が返してくれて、嬉しくなる。

「またお越しくださいませ」

 お客様にお辞儀をしてお見送りをすると、入店を知らせるピンポーンという音が鳴った。

「いらっしゃいませ」

 反射的に笑顔を作って声をかけたが、入ってきたお客様の顔を見た瞬間、笑顔が強張る。
 薄いグレーの半袖Tシャツに黒のテーパードパンツ姿。そこに立っていたのは、まぎれもなく森沢先生だった。