さよならの勇気～お隣さんはクールで意地悪な産業医～

　きっと石黒くん、忙しかったんだよね。石黒くんのタイミングも考えないで電話しちゃって悪かったな。そう思いながらも不安になる。今の女性は誰だったんだろう？　もしかして石黒くん、引っ越して来る気ないの？　考えないようにしていたことがどんどん頭の中に浮かんでくる。

　違う。石黒くんはきっと引っ越してくる。だって一緒に暮らそうって言い出したのは石黒くんだもの。ダブルベッドだって一緒に家具屋さんに行って選んだし、この部屋だって物件を探したのは私だけど、最後は二人で「ここにしよう」と決めた。だから大丈夫。きっと石黒くんは引っ越してくる。そう自分に言い聞かせていると、持っていたスマホがメッセージの通知を知らせた。石黒くんからだった。

【ゆっくり話せなくてごめん。今日は地元の友達の集まりでキャンプに来ている。さっき電話に出たのは中学の同級生で、綾ちゃんが心配するような間柄じゃないからね】

　私には母親の世話があるから土日も家から出られないと言っていたのにキャンプなの？　手術したお母さんは大丈夫なの？

　メッセージを読んだ瞬間そんなことが思い浮かぶ。何だか石黒くんの行動に矛盾を感じる。
でも、石黒くんだって偶には息抜きしたいよね。ずっと家のことで大変だって言っていたし。それに私を大切に思っているから、心配してメッセージくれたんだよね。

【私は大丈夫だよ。キャンプ楽しんでね】

　気持ちを切り替えて石黒くんにメッセージを送り、洗濯などの溜まっていた家事をしてから、バイトに行く支度をした。今夜も夜8時から深夜1時半のシフトで入っていた。