(春海)
自分の作品が展示される。
「誰かに見られる」ことは、やっぱり、まだ怖い。
だけど、それでも今の私は……
ほんの少しだけ、その怖さを受け止められる気がしている。
◇全国学生染織公募展 会場(都内ギャラリー)
⚪︎ギャラリーには大勢の来場者。
洗練された空間に、学生たちの個性的な染織作品が並ぶ。
⚪︎春海の作品は、会場中央付近の目立つ場所に展示されていた。
⚪︎タイトルは──
『内側の、光』
⚪︎藍のグラデーションが淡くひろがり、
中央に向かって、ほのかな“白”が浮かび上がるような不思議な染め。
◇周囲の声(すれ違う来場者たち)
来場者1(女性・ギャラリー関係者):
「これ、通信の子の作品ですって」
「すごいね、完成度。審査員にも刺さってたらしいよ」
来場者2(アート系学生):
「タイトルのつけ方が文芸っぽいなと思ってたけど……この子、文芸の人と関わりあるらしいよ」
来場者3(ささやくように):
「聞いた? この子の作品、白蓮社の社長令息が推薦したらしいよ」
「えっ……あの真白奏多? コネじゃん、それって……」
◇ギャラリー内、ベンチに座る春海
⚪︎作品の前で、無遠慮に飛び交う噂が耳に入ってくる。
⚪︎春海は少しだけうつむいて、膝の上で指を絡める。
⚪︎自分の“色”ではなく、“人との関係”が注目されていることに、
胸がざわつく。苦しくなる。
◇場面転換:ギャラリー裏の非常階段
⚪︎春海は一人、静かな場所に出る。
深呼吸をして、自分を落ち着けようとする。
⚪︎そのとき、階段の上から、真白が降りてくる。
◇会話シーン(春海と真白)
春海:
『……ごめん。逃げちゃった』
真白:
『逃げてなんかないよ。ちゃんと立ってる。
あそこに“作品”を置いて、自分の色で戦ってるじゃないか』
⚪︎春海は、迷いながらも問いかける。
春海:
『……“真白さんの推薦”って、やっぱり大きかったのかな。
誰かが見てるのは、私じゃなくて、あなたの“影”なんじゃないかって……思ってしまうの』
⚪︎真白は一瞬、表情を曇らせる。そして、春海の隣に静かに腰を下ろす。
◇真白の心情吐露(静かなトーン)
真白:
『……父の名前、白蓮社って看板、そういうのって、
ずっと僕の“上”にあった。
「真白奏多」として見てもらえることの方が、少なかった』
⚪︎彼の声に、自嘲でも傲慢でもない、淡い痛みが滲む。
真白:
『でも春海さんは、僕の“名前”を知らなくても、
布を見て、“好き”って言ってくれたよね』
⚪︎春海が、はっとして彼を見つめる。
真白(優しく):
『だから……春海さんの“今の場所”に、僕が勝手に背中を押したんだ。
それを“僕の影”にしないでほしい。
ちゃんと、あなた自身の“光”だよ』
(春海)
見られるって、やっぱり、少し怖い。
でも、その中に“ちゃんと見てくれる人”がいるなら、
私は、もう少し信じてみたい。
◇再び展示室
⚪︎春海が、再び自分の作品の前に立つ。
作品の前で立ち止まる人たちの目を、今度はまっすぐ見られる。
⚪︎ある年配の女性が、ぽつりと呟く。
女性来場者:
『……不思議な布。静かで、でも確かにあたたかいわねぇ』
⚪︎その一言に、春海の胸がふっと緩む。
(真白)
見る人の数だけ、感じ方があって、解釈がある。
だけどその中で、“本当のあなた”を見つけようとする人が、
必ずいる。
僕は、その一人でいたいと思った。



