(春海)

真白さんのそばにいると、
いつも、少しだけ“遠く”が見える気がする。

でも、見えるようになると、今度は怖くなる。
自分の小ささとか、足りなさとか……
気づかなくていいことまで、見えてしまう。





◇市内の老舗出版社「白蓮社」本社ビル

⚪︎ある日、春海は真白に誘われて、彼の父が経営する出版社「白蓮社」を訪れる。

⚪︎初めての都心。ガラス張りのエントランス、大理石のロビー。
学生服でもない、誰かの“名刺”が飛び交う空間。

⚪︎その場に立っているだけで、自分の体が薄くなっていくようだった。



◇会議室(白蓮社)

⚪︎春海の作品──例の青い布──を、真白が雑誌特集で取り上げたいと提案していた。

⚪︎担当編集者たちが真剣な顔で布の写真を見つめている。

⚪︎春海は言葉を失い、固まってしまう。

“これが、プロの世界──”


◇社内・ロビー

春海:
『ご、ごめんなさい。私、こんな場所に来るなんて、思ってなくて……』

真白(柔らかく):
『びっくりするよね。でも、ゆいかさんの布が本物だから、
ちゃんとプロの人たちにも届いてるんだよ』

⚪︎春海は、首を横に振る。

春海:
『……私なんて、ただの通信制の学生で……
工房から出るのもやっとなのに……。
真白さんは、こんな世界に“ふつうにいる”人だから』

⚪︎真白は、ゆっくり息を吐いて、少しだけ目線を落とす。

真白:
『ふつうじゃないよ、僕も。
……父親は社長で、僕は“御曹司”って言われて。
だけど、何も手に入れてない。自分で作ったもの、まだ何もないんだ』




◇回想(真白・中学生時代)

⚪︎文芸コンテストで佳作。
周囲は「さすが社長の息子」と褒める。

⚪︎でも本当は、自分が書いたものが評価されたのか、
「肩書き」が評価されたのか、分からなかった。

“名前の前に立ってしまうものが、たくさんある”

だからこそ、誰かの“本当の目”が、ほしかった。



◇ロビーのベンチ:現在

⚪︎春海が、静かに言葉を返す。

春海:
『……本当に、見てくれてる人って、そんなに多くないですよね』

真白:
『うん。だから──ゆいかさんがあの布をくれたとき、
僕はやっと、自分の“名前の外側”に立てた気がしたんだ』

⚪︎春海の胸に、ふっと風が吹いたように、ある気持ちが芽生える。



◇帰り道・都心の並木道

⚪︎ビルの隙間からのぞく空は高く、どこか遠く感じる。
春海は、さっきまでいた場所のことを反芻する。

春海(小さな声で):
『怖かった。でも、嬉しかった』

⚪︎真白が立ち止まって、彼女を見つめる。

真白:
『うん。僕も。
怖いって言えるのって、すごく勇気がいるよ』

⚪︎春海は、かすかに笑う。

春海:
『……じゃあ、私たち、似てるのかな。怖いものを抱えながら、
それでも、誰かに“届いてほしい”って思ってるところ』



(春海)

彼の世界は、広くて、眩しくて──
でもそこに、“孤独”もあったことを知った。

それを知ってから、彼の背中が、少しだけ近くに感じた。



(真白)

名前の重さに、押しつぶされそうになる日もある。
でも彼女が見る僕は、ただ“真白 奏多”で──
それが、何より嬉しかった。