(春海)

いつもは工房の中で、静かな空気の中に身を置いてる。
外の世界は、怖い。騒がしいし、何が起こるか分からない。

でも──彼に「来てほしい」って言われたとき、
不思議と、怖いだけじゃなかった。




◇大学の正門前(学園祭当日)

⚪︎キャンパスには、色とりどりの装飾、笑い声、音楽──
春海にとって、それは“音の洪水”のようだった。

⚪︎少し震える手を、ショルダーバッグの中でぎゅっと握りしめる。

⚪︎何度も帰ろうと思った。でも──そのとき、聞こえた。

『ゆいかさん?』

⚪︎真白の声。
振り向くと、学生服の上にラフなジャケットを羽織った彼が、心底ほっとした顔で駆け寄ってくる。

真白:
『よかった……来てくれて、ありがとう』

春海(小さく微笑む):
『……約束、したから』




◇文学部展示室

⚪︎真白が所属する文芸研究会の展示室には、学生たちの作品が並ぶ。

⚪︎その一角──
小さなガラスケースに、春海が染めた“あの青い布”が飾られていた。

⚪︎布の下にはプレートがある。

『心を染める──通信課程 染織学生・春海結花による作品』

⚪︎春海は驚いて、思わず真白を見上げる。

春海:
『……え、これ……私、出すって言ってないのに』

真白(少し照れながら):
『勝手に使ったらまずいと思って……展示の候補にしたとき、すごく好評で。
文芸と工芸、異なる表現が“言葉”で繋がるって。』

春海:
『でも……こんな、目立つところ……』

⚪︎春海の手が、少し震えている。

⚪︎その手に、真白がそっと自分の手を重ねる。

真白(静かに):
『大丈夫。これは、“見せる”んじゃなくて、“届く”作品だと思ったから』

⚪︎春海の目に、うっすらと涙が浮かぶ。

⚪︎それは、悲しみじゃない。
「誰かに肯定された」という、あたたかい震え。




◇回想(前日夜:春海の工房)

⚪︎春海は、何度も迷っていた。
行くべきか、行かないべきか。

⚪︎不安で眠れず、藍の壺の前に座って、じっと布を見つめていた。

⚪︎でも──
真白が布を見てくれたときの笑顔を思い出すと、心がじんわりとほどけていった。

「見てほしい」と思える人に、出会えた。
それがどれだけすごいことか、私は知ってる。



◇キャンパス内・階段に座るふたり

⚪︎展示を見たあと、ふたりは学内の静かな階段でジュースを飲んでいる。

⚪︎春海は少し疲れているけれど、頬にはうっすらと赤みが差していた。

春海:
『……目の前で、自分の作品見られるの、変な気持ち』

真白:
『でも、嬉しい?』

春海:
『……うん。ちょっとだけ』

⚪︎真白は、春海の横顔を見つめる。
風が吹き抜けて、彼女の前髪がふわりと揺れる。

真白:
『今日、来てくれたこと……きっと、未来の自分が褒めてくれると思うよ』

⚪︎春海は驚いたように彼を見て──
そして、そっと笑った。

春海:
『……じゃあ、いつか、“未来の私”に会えるように、もう少し、頑張ってみる』




(春海)
人の波の中にいるのは、まだ少し怖い。
でも、あなたがそばにいると、それも“世界の景色”に思えた。


(真白)
彼女が今日、ここに来てくれた。
それだけで、僕の世界が少し広がった気がした。