◇真白の下宿先(夜)

⚪︎真白 奏多の部屋。書棚には文芸雑誌、机の上には未提出のレポートが積まれている。

⚪︎彼は窓際に置かれた一通の封筒を手に取る。宛名は、繊細な筆跡で。

『真白 奏多 様』

⚪︎中には、丁寧に折られた手紙と──
薄紙に包まれた一枚の布。

⚪︎ゆっくりと広げた瞬間、その布の“青”が、彼の胸を突き動かす。

⚪︎それは藍でも群青でもない、不思議なやわらかさを持った蒼。

⚪︎まるで、迷いと希望が交じり合った夕暮れの空の色。



◇手紙(春海)

真白さんへ

この色は、私がはじめて“誰かのことを思いながら”染めた布です。

染織って、思っているよりずっと時間がかかるんです。
糸を紡いで、染液をつくって、何度も何度も染めて。
でも、そうやって布が変わっていくのを見ていると……

まるで、自分自身も少しずつ変われる気がします。

これは、“私だけの青”です。
でも、それを真白さんに渡したいと思いました。

急に渡してごめんなさい。
でも、もし……この色が、少しでも真白さんの心に残ってくれたら。

春海 結花





◇モノローグ(真白)

『こんなにも静かな青があるなんて、知らなかった。
僕のために、彼女が時間をかけて染めた。
──それが、ただ、嬉しかった』




◇大学キャンパス・中庭(昼)

⚪︎後日、真白はキャンパスの中庭で春海を待つ。

⚪︎約束の時間を少し過ぎた頃、春海がゆっくりと姿を現す。
少しずつ、外に出る練習を始めた春海──この日は、思いきってキャンパスまで来たのだった。

⚪︎彼女の手には、緊張でくしゃくしゃになった小さなハンカチ。
けれど、その瞳は逃げていなかった。


真白:
『来てくれて、ありがとう。……この間の布、受け取りました』

春海:
『あ……あの、変な色だったら……ごめんなさい』

真白:
『変じゃなかった。
むしろ──あの青を見た瞬間、泣きそうになった』

春海:(目を見開く)
『……え?』

真白:
『誰かに向けて染められた色って、こんなにも優しいんだなって。
こんな青は、どこにも売ってない。
世界に一つしかない、あなただけの色だって思った』

⚪︎春海の目に、じわりと涙がにじむ。
けれど、今度は泣かない。ただ、ぎゅっと唇を噛んでこらえる。




◇大学構内(歩きながら)

⚪︎ふたり、ゆっくりと並んで構内を歩く。

⚪︎春海はまだ少し緊張しているが、以前よりも足取りがしっかりしている。

春海:
『……青って、心の色だと思ってて。
不安も、希望も、全部、そこに沈んでいく感じ。
でも、真白さんに見てほしかったの。』

真白:
『見せてくれてありがとう。……ゆいかさんの色は、ちゃんと届いてます』

⚪︎その言葉に、春海はうつむいて、そっと頷いた。



(春海)

『私は、今まで誰かのために色を染めたことなんてなかった。
でも、“あなたのために”って思いながら染めた時間は、怖くなくて、むしろ──楽しかった』



(真白)

『この青を、誰かに語りたい。
こんなにも静かで、あたたかな色が、世界には存在することを──。』