(真白)

人生には、いくつかの「選ばなきゃいけない瞬間」がある。

どれだけ逃げてきても、見ないふりしても、
その瞬間は、必ず目の前にやってくる。

誰かの期待。
誰かの価値観。

その全部を超えて、
「自分は、こう生きたい」って言えるかどうか。

春海さんが教えてくれた。
怖くてもいい。
それでも、“自分の色”で前に進むことが、何より大切なんだって。



◇春海のフェス前・準備の朝

⚪︎朝7時、薄い朝日が工房の窓から差し込む。
春海は静かに、最後のアイロンをかけている。
作品タイトルは『内側の、光』。

⚪︎母がそっとおにぎりを差し出す。

母:
「これ、会場で食べなさい。……緊張、してる?」

春海:
「うん。正直、すごく。
 もし誰にも見てもらえなかったらって……」

母:
「でも、その布はあなたの“今”そのものよ。
 怖くても、それを人に見せるって決めたのは、あなたなんだから」

⚪︎母のまなざしは、怖がっていた春海の背中を、やさしく押してくれる。
春海はゆっくりうなずく。

春海(心の声):
「そうだ。怖くないわけじゃない。
 でも、私はこの布で誰かとつながりたい。
 それだけは、ちゃんと信じてる」


◇大学出版社・編集部

⚪︎真白はスーツ姿で出版社の面談室にいる。
大手文芸誌の新人賞一次通過を受けて、編集者から直接のスカウト。

編集者:
「真白くんの言葉は、静かだけど深い。
 “読者に考えさせる余白”があるのがいいね。
 連載で継続的に描いてみない?」

⚪︎机の上には仮契約書。
まだ“決定”ではない。
けれど、本格的に「小説家としての道」が現実になり始めていた。

⚪︎そのとき、部屋の外から編集長が入ってくる。

編集長:
「真白くん、少しだけ時間いいかな。
 ご家族の方が来てるんだ。社長さん——お父さんだ」

⚪︎一瞬、真白の全身がこわばる。



◇父・一晃との対話

⚪︎応接室に入ると、父がスーツ姿で待っている。
背筋を伸ばし、表情は一切崩れていない。

父:
「久しぶりだな。……君がここまで書いているとは思っていなかった」

⚪︎真白は、微妙に距離をとって対面に座る。

真白:
「父さんの耳に入るとは思ってなかったけど、
 俺は、本気で書いてます」

父:
「“書くこと”は趣味としては立派だ。
 だが、人生を懸けるには不安定すぎる。
 家業を継げば、すぐに安定した基盤が手に入る。
 ……それが“親の用意した道”だ」

⚪︎真白は静かに目を伏せる。
けれど、すぐに顔を上げ、まっすぐ父を見る。

真白:
「その道を用意してくれたことには感謝してる。
 でも俺は、誰かが敷いた道を歩いて生きるよりも、
 自分で見つけた道を、自分の足で歩いていきたい」

⚪︎父のまぶたが、ほんのわずかに動く。
厳しい表情のままだが、少しだけその手が机の下で揺れている。




◇回想(真白の記憶)

⚪︎子どもの頃、仕事ばかりで家にいない父。
褒められた記憶よりも、期待された記憶の方が多かった。

⚪︎大学入学後、「出版の仕事は立派だが、それを“表に出る側”でやる必要はない」と言われた夜。

真白(心の声):
「父に認められるって、
 いつからか、“父の望む自分になること”になっていた」



◇現在:父との決別

真白(はっきりと):
「俺は、父さんのために生きたくない。
 ——“自分の言葉”で、生きていきたい」

⚪︎しばらく沈黙が続く。
父は真白の顔を見つめ、やがて静かに立ち上がる。

父:
「……選んだなら、後戻りはするなよ。
 自分の責任で、生きてみせろ」

⚪︎去っていく父の背中を見送りながら、真白は胸の奥で小さく何かがほどけるのを感じた。



◇フェス・春海の展示ブース

⚪︎人混みの中、春海のブースに立ち寄る人が増えていく。
透明な目をした人、感嘆の声を上げる人、静かに立ち止まる人。

⚪︎ある女性が布に触れながらつぶやく。

来場者:
「……この布、なんだか“涙のあと”みたい。
 でも光が当たると、柔らかく透けて、綺麗。
 すごく、心に染みるわ……」

⚪︎春海は喉の奥が詰まり、言葉が出ない。
泣かないように笑って、そっと頭を下げた。



◇夜:電話での会話

⚪︎夜9時、春海の工房と、真白の部屋をつなぐ通話。

春海:
「今日、すごく嬉しかった。
 初めて、“この布に救われた”って言ってくれた人がいたの」

真白:
「……本当によかった。春海さんが信じた色が、
 ちゃんと誰かの心に届いたんだ」

⚪︎春海は少し黙り、声を潜めて言う。

春海:
「真白さん……夢って、現実になると、
 思ってた以上に怖いね。でも、逃げたくない」

真白(やさしく):
「うん。俺も今日、逃げずに父さんと向き合った。
 自分で、自分の道を選んだ」

⚪︎電話越しでも伝わる、静かで強い絆。
ふたりの時間が、少しずつ未来を形にしていく。



(春海)

“自分の人生を選ぶ”って、こんなにも難しくて、
こんなにもあたたかいことなんだ。

誰かと手を取り合って歩く未来が、
少しずつ見え始めた——。

この道を信じて、進んでいこう。
真白さんと一緒に。