遠くで「どいてっ!」と声がした。
そのひとはものすごい勢いで私の方まで走ってやってくる。
誰もが間に合わないって、そう思ったと思う。
だけどそのひとは、見たこともない猛スピードで私の方へやってくると、地面に尻餅をつく寸前の私を見事に受け止めてくれた。
「大丈夫か!?」
私を横抱きに抱え、心配そうに顔を覗きこむ男の子に私はにこりと笑った。
「全然大丈夫!助けてくれるって、わかってたから!」
「え?」
私を助けてくれた男の子は、きょとんとして私を見つめる。
「桜彩!大丈夫か!?」
蓮詞が慌てて駆け寄ってきた。
「うん!大丈夫!」
目の前の、私と同い歳くらいの男の子に、私はぺこりと頭を下げた。
「助けてくれてありがとう!」
「ああ、いや、無事でよかったよ」
「桜彩、お前また無茶を……」
「えへへ、ごめんって」
男の子は不思議そうに私を見ている。
「えっと、どうしてそんなに平気な顔をしてるんだ?怖くなかったのか?」
「え?ああ、うん、ちょっと怖かったけど、きみが助けてくれるって、わかってたから」
「それ、さっきも言ってたよな?どうして……?」
男の子の疑問に私はあっさりと答える。
「だって、私はきみが助けてくれる未来を見ていたから」
私、未来 桜彩、中学二年生の女の子。
私には、5秒先の未来が見える。
私がこの能力を手に入れたのは、八歳の頃。
交通事故に遭ったのがきっかけだった。
正確には、事故には遭っていないんだけどね。
ボールを追いかけて道路に飛び出してしまった私は、目の前に迫るトラックに動けなくなってしまっていた。
そんなとき、急に脳内に映像が流れ出したんだ。
トラックにひかれる寸前の私を、誰かが間一髪助けてくれる映像が。
はっと現実に意識を戻すと、私は道路の端に倒れていた。
お腹には誰かの手が回っていて、その人が助けてくれたんだってすぐにわかった。
びっくりした私は泣き出してしまって、助けてくれた誰かにお礼も言えなかった。
だけど、あとからお母さんに聞いた話だと、私を助けてくれたのは私と同じ歳くらいの男の子だったんだって。
ものすごい速さで走ってきて、私を守ってくれたんだって。
まさにヒーローみたい!
私もそんなふうになりたいって、すっごく憧れた。
その事故以来、私は5秒先の未来が見えるようになった。
いつどんなときにその力が発動するのかはいまいちわからない。
今日みたいに自分が危ないときとか、誰かが危ないときが多いから、私はこの力で困っているひとを助けたいって思うようになった。
だから今日もなんとなく大丈夫だろうなぁ、って私は物怖じせずに木に登っちゃった。
今日はたまたま男の子が助けてくれたけど、こうやってちょっと無茶しちゃうから怪我も多くて、いつも蓮詞に怒られちゃうんだ。
「だって、私はきみが助けてくれる未来を見ていたから」
私の言葉に、男の子は驚いたように目を丸くしていた。
「で、このねこはどこの家のねこなんだ?」
蓮詞に言われて、私は腕の中のねこを見る。
首輪はついていないみたい。
「野良ちゃんかな?」
ねこはさっきまでと違って、ほっとしたみたいに私の腕の中で大人しくしていた。
「私、飼いたい!」
「また突然だな……」
蓮詞が呆れたようにため息をつく。
「せっかく出会えたのもなにかの縁だし!」
「まぁ、桜彩がいいなら」
「うん!よろしくねぇ~!」
ねこをぎゅっと抱きしめると、「にゃあ」と嬉しそうに鳴いていた。
少しの間私と蓮詞の会話を聞いていた男の子は、公園の出入り口の方へと歩き出す。
「えっと、じゃあ、俺はこれで……」
「うん!助けてくれて本当にありがとう!またね!」
「え、また?」
私の言葉に、男の子は不思議そうに首を傾げた。
「うん、また!だってきみとは、また会えるような気がするから」
私がそう笑うと、男の子は一瞬驚いたような顔をして、それからにこっと笑ってくれた。
「おう、じゃあ、また!」
爽やかな笑顔を浮かべて、男の子は去っていった。
きっとまた会える。
なぜだかそう思うんだ。



