「ん~気持ちいい!」
秋風が心地よく、私の髪をふわりと浮かび上がらせる。
真っ青な空に、うろこ雲が気持ち良さそうに流れていく。
休日の朝。今日は起きたときから、なんだかいいことがありそうだなって思って、外に出てみたんだ。
「うん!もういいことあったかも!」
秋を全身で感じられる気候。それだけで気分がすごくいい。
少しお散歩しようと当てもなく歩いていると、見慣れた男の子の姿があって私は声をかけた。
「やっほー、蓮詞~!」
男の子は振り返ると私に軽く手を振った。
「おはよう、桜彩」
「おはよう!蓮詞、お出かけ?」
「ああ、図書館にな」
藤村 蓮詞は私の幼なじみの男の子。
成績優秀、眉目秀麗、中学生になってからはモテまくりの幼なじみだ。
ずっと一緒にいる私はよくわからないけど、クールでかっこいいとかで女の子に人気なんだって。
たしかにクールではあるけれど、蓮詞は意外と心配性で過保護な一面もある。
私がよく転んだりして怪我するのもあって、いつも心配かけちゃうのかも。
蓮詞は本が好きで、よく図書館に通ってるんだ。
「桜彩は?どこか行くのか?」
「うーん、どこかに行くってわけじゃないんだ。なんだかいいことがありそうだなって外に出てみただけだから!」
私がそういうと、蓮詞はかけている眼鏡をくいっと上げて、「そうか、またいつものやつか」と言う。
そう、私がこうして外に出るのはいつものこと。
なんだかいいことがありそうだなって思うと、やっぱりいいことがあったりするの。
例えば、欲しかった洋服が安売りになっていたり、アイス屋さんが半額の日だったり、なかなか会う機会がなかった友達に偶然会えたり。
だから私は、そんな気がする、をすごく大事にしていて、今日もお散歩に出てみたんだ。
それに私には、もうひとつ、不思議な能力があるの。
「それじゃ、俺は図書館に行くから」
「うん!またね」
そのまま蓮詞と別れようとしたとき、なんだか公園の方が騒がしいことに気が付いた。
何人かが大きな声を出しているような声が聞こえてきて、私と蓮詞はお互いに顔を見合わせた。
「なにかあったのかな?」
「さあ?」
「ちょっと見てくる!」
「あ、おい!桜彩!」
私は駆け出すと、人だかりができている公園にやってくる。
公園には、数人の人がいて、みんながみんな木の上を見上げていた。
私はその中の一人に声をかける。
「どうかしたんですか?」
「見て、あそこにねこがいるの。木に登って降りられなくなっちゃったみたいで……」
その人の指差す方を目で追うと、たしかに木の上の方の枝に真っ白なねこがいた。
何度か降りたそうな仕草を見せるけれど、あまりの高さに降りようにも降りられなくなってしまったみたい。
「私、行きます!」
「え?」
私は人だかりをかきわけると、木に登り始める。
危ないよ、と誰かの声が聞こえたけれど、私は気にせず木に登り続ける。
絶対に助けてあげたい。落ちたら怪我しちゃうもん。
「にゃあ……」とか細く鳴くねこは、私を見て少し警戒の色を見せた。
それを安心させるように、優しく声をかける。
「大丈夫だよ、怖くないよ。今降ろしてあげるからね」
私はねこのいる木の枝に手を伸ばし、ねこを抱き上げた。
その瞬間、私はバランスを崩してしまう。
「きゃあっ……!」
あっと思ったときにはもう、身体が宙に浮いて地面に向かって落ちていた。
落ちるっ……!
そのとき、私の脳内にぱっと鮮明な映像が流れ出す。
この映像は、もしかして……。
「桜彩っ!」
遠くに走って来た蓮詞の姿が見えて、ああ、また心配かけちゃったなぁ、なんてことをのんきに考えた。
私はねこが怪我をしないように、ぎゅっとねこを抱きしめた。
そうして目をつむる。
地面はもうすぐそこ。
このまま落ちたら、本当に怪我しちゃうかも。
だけど、そうはならない。
そんな確信が、私にはあったから。



