七月二十五日、夜明け前の港はまだ眠っていた。街灯がかすかに海面を照らし、波音だけが響く。亮佑は大河と共に、小型の無人ボートを桟橋に押し出していた。
  「本当に行くのか?」大河が低い声で問う。
  「証拠がなきゃ議会は動かない。海底コアサンプルを採るだけだ、すぐ終わる」亮佑の声は落ち着いていたが、その瞳は強い決意に燃えていた。
  凪桜は防波堤の上で二人を見守っていた。腕輪を握ると、不思議と風の流れが読めるような感覚が走る。
  「大河、亮佑、気をつけて!」
  ボートは波を切り、掘削試験場の沖合へ向かって進む。亮佑は海底ドリルを降ろし、慎重にコアを採取した。海底の泥を掘り上げるたび、金属音が静寂に響く。
  しかし、その瞬間——沖合に黒い影が動いた。セレスティック開発の警備艇だ。
  「来たぞ、急げ!」大河が声を張り上げる。
  亮佑がサンプルを確保し、ボートを急発進させた。しかし波が高く、バランスを崩しそうになる。防波堤の凪桜は腕輪に触れ、深く息を吸った。
  「お願い、守って——!」
  強い風が港を駆け抜け、ボートの進行方向を押し戻すように支えた。警備艇は追い切れず、二人は無事に帰還することができた。
  岸に着くと、亮佑はサンプルを抱えたまま安堵の笑みを浮かべる。「……これで少しは戦える」
  凪桜は胸に手を当てた。腕輪は温かく脈打ち、汐里の声がかすかに響いた気がした。『ありがとう……』
  「みんなで、この町を守るんだ」
  まだ夜明け前の港に誓いの言葉が落ちた。