新しい週が始まっても、福岡の空気はどこかのんびりとしていて、
澪の心にも、少しずつ静かな余白が生まれていた。
今日は、悠真のすすめで図書館へ。
「大学のパンフレット、色々あるよ。
見てみるだけでも、少しイメージわくかも」
そう言って案内してくれたのは、駅から少し離れた静かな図書館。
観光地から外れているせいか、人も少なくて、澪は落ち着いて息ができた。
---
澪は、一冊の大学案内の中で「文学部」のページを見つめていた。
「文章を書くこと、興味あるって言ってたでしょ?」
そう言った悠真が隣にいる。
彼の指がそっとページを示して、視線が重なる。
「……でも、わたしが、そんなの目指していいのかな」
「目指していいに決まってる」
悠真は静かだけど力のある声で言った。
「“好き”って思えることがあるなら、それは才能だよ。
澪は、自分の気持ちをちゃんと見てる。
俺は、そういうの、すごいと思う」
---
澪は、小さく息をのんだ。
「……悠真って、時々、やさしすぎるよ」
「澪だからだよ」
言ってから、悠真は少し照れくさそうに目をそらした。
「俺……ずっと、人と距離を置いて生きてきたんだ。
母さんが亡くなってから、誰かと関わるのが苦手で……
でも、澪と会って、なんか変わった。
一緒にいる時間が、ただ“心地いい”って、思えるんだ」
---
ふたりの間に、静かでぬくもりのある沈黙が落ちた。
澪は、そっと思った。
「この人と出会って、生きることが怖くなくなった」
「自分の物語に、“誰か”がいてもいいんだって、思えた」
---
図書館を出た帰り道、夕暮れの中を歩きながら、澪は言った。
「わたし、福岡に来て……よかった」
「俺も。澪に出会えて、ほんとによかったよ」
並んで歩く影が、夕日に長く伸びていた。
その影が、まるでひとつに重なっていくように見えて──
---
“あなたといるこの日々を、
わたしは、何よりも守りたい”


