『先輩、あの日の約束、                         覚えてますか?』

 “風が吹いた午後、少年は傘を置いて、彼女に会いにいった。”

 それは、教科書の一文でも、見たことのある引用でもなかった。
 誰かの、きっと、誰かだけの言葉。

 思わず目を凝らす。
 そのページの隅には、もっと小さな文字で続きが書いてあった。

 “彼が望んだのは、雨の中で傘を差すことじゃない。
 ただ、一緒に濡れてくれる誰かを、ずっと待っていた。”

 ……きれいな言葉。

 なんとなく、胸の奥がざわざわした。
 それは、うらやましい気持ちと、くすぐったい気持ちと……それから、

 「勝手に読まないでくれる?」

 ……びくっ。

 いつの間にか、背後からの声。
 低くて、ちょっと不機嫌そうで。だけど、どこか焦ったような。

 「す、すみませんっ……!」
 慌ててノートを閉じようとすると、それよりも先に彼の手が伸びてきて、私の手の上に触れた。

 「いいけど。……別に」
 そう言って、彼はノートをぱら、とめくり返した。

 「読まれて困るようなもんでもないし。下手だし、趣味だし。てか、黒歴史だし」
 「え……先輩、もしかして、書いてるんですか? 小説」

 問いかけると、彼はすこし視線を逸らした。
 ──たぶん、ちょっとだけ照れてる。

 「だからさ、趣味って言ってんじゃん」

 そこからだった。
 私と先輩の火曜日が、少しずつ変わっていったのは──。