八咫烏ファイル


第十一章:血の夜


【金虎開発ビル・1Fエントランス】
夜「深淵を操っているのか……」
夜の目の前で清朝の役人の姿をした深淵が咆哮を上げる
そして一気に夜へと襲いかかった
深淵が振り下ろす鋭い手刀
夜はそれを漆黒の刀で受け止める
キィンと甲高い音が響いた
その鍔迫り合いの瞬間
夜の脳内に直接声が響いた
『……たす…け……』
「!?」
深淵は容赦しない
流れるような動きで連続の手刀を繰り出してくる
夜はその猛攻を必死に捌き続けた
刃と刃がぶつかり合うその度にあの声が夜の思考を揺さぶる
『助け…て…』
夜(なんだこれは……?)
『助けて…くれ……!』
声は悲痛な叫びへと変わっていく
夜は刀を強く握りしめた
深淵との激しい攻防
それはまるで終わりなき剣舞のようだった
お互いに決定打を与えられないまま時間だけが過ぎていく
その均衡が破れたのは唐突だった
再び脳内に声が響く
『今から…飛ぶ…攻撃…しない……だか…ら…!』
夜はその声の悲痛な響きを信じた
次の瞬間深淵は高く天へと飛び上がる
そして夜めがけて急降下してきた
がら空きの胴体
夜は避けない
その胸の中心に漆黒の刀の切っ先を合わせた
そして一気に貫く
深淵の体はゆっくりと光の粒子となって消えていく
その最後に夜は確かに見た
深淵の目から一筋涙が流れるのを
『……ありが…と…う……』
「チッ!」
背後で飛燕の舌打ちが聞こえた
夜はゆっくりと振り返りその漆黒の刀の切っ先を飛燕に向ける
「お前!」
夜の声は怒りに震えていた
「死者の魂を何だと思ってる!?」
「単なる道具だ」
飛燕は無表情に答えた
その一言で夜の中で何かが切れた
「……人を本気で殺したいと思ったのは初めてだ」
「やってみろ」
だがこの漆黒の刀では人は殺せない
縮地。
日の霊力を足に集中させ
物理的な距離の概念を破壊する神速の移動術。
夜の姿が掻き消えた
次の瞬間彼女は飛燕の目の前にいた
そしてその腹部に一切の予備動作のない寸勁を叩き込む
「ぐはっ!」
飛燕の口から血が噴き出す
その細身の体は数メートル後方までくの字になって吹っ飛んだ
夜は静かに言い放つ
「お前は絶対に許さない」
【同時刻・1Fロビー奥】
黒岳の巨大な拳が滝沢の顔面に迫る
必殺のハンマーパンチ
ゴッ!
鈍い破壊音
そして血飛沫が舞った
「がぁぁぁぁっ!」
だが悲鳴を上げたのは黒岳の方だった
彼の右手の拳がありえない形に砕け散りそこから大量の血が吹き出している
(回想)
黒岳の拳が当たるその百万分の一秒の瞬間
滝沢は顔をわずかに傾け自らが着けていた烏のマスク
その鋭利な合金製の「クチバシ」の先端を拳に合わせていた
「おぉ。役に立つじゃねぇかこのマスク」
滝沢はニヤリと笑う
「オオオオオオッ!」
砕かれた右手を押さえ黒岳が獣のように咆哮した
そして残った左手で近くにあった重厚なテーブルを掴む
それを軽々と滝沢に向かって投げつけた
「あの巨体でなんてスピードだ……!」
滝沢は俊敏な動きでそれをかわす
そして走りながら距離を取った
上着の内ポケットのホルスターから何かを取り出す
それを太腿のホルスターへと移し替える
黒岳が最初に突き破った壁の前に着地した
滝沢はその足元の瓦礫を強く蹴り上げる
無数のコンクリート片が黒岳の顔面へと襲いかかった
黒岳がそれを腕で払い除ける
その一瞬の隙
滝沢は後ろに跳びながら太腿のホルスターから先ほど移し替えた特殊な銃を取り出した
そして黒岳に向かって撃つ
ポンッ
銃声ではない
気の抜けた音がした
ピンポン玉ほどの大きさの黒い球体が黒岳の胸に着弾したその瞬間
爆発した。