八咫烏ファイル


第十章:クロスファイア


【金虎開発ビルへ向かう車内】
黒いスーパーカーが夜の高速道路を滑るように走る
「で、作戦は?」
夜が助手席で退屈そうに尋ねた
「行ってみなきゃ分からんだろ」
滝沢は前を見据えたまま答える
「出たとこ勝負ね」
「何が出てきても俺が全員殺してやるよ」
「じゃあ私は観戦しとくわ」
夜はそう言ってひらひらと手を振る
「ケッ!」
滝沢は忌々しげに舌打ちをした
やがて遠くに横浜の港の光と
一際高くそびえ立つ黒いビルが見えてきた
金虎開発ビル
そのビルが見えた瞬間だった
夜の表情が険しくなる
「止めて!」
キーッ!
タイヤがアスファルトを削る音を立てて車が急停車する
「なんだ?」
「……霊圧を感じる」
夜はビルを睨みつける
「何か引っかかるのよねこの感じ……」
「行きゃ分かるだろ」
「ちょっと待って」
滝沢が苛立ったように夜を見る
「次はなんだよ!」
「マスク!付けないと」
「あぁ……あったな」
二人は日向に渡された黒いマスクを付ける
それは鼻から上おでこまでを覆う合金製のマスクだった
「あっはははは!」
夜が滝沢を指差して突然大笑いした
「マジかよ……」
滝沢が呆れた声を出す
装着した二人の顔はまさに「烏」だった
鼻の部分が鋭く尖り黒いクチバシをかたどっている
「もういい行くぞ!」
滝沢はアクセルを強く踏み込んだ
【金虎開発ビル前】
二人は車から降りる
そして静かにビルの入り口へと歩を進めた
「ストップ」
夜が手を広げ滝沢を制止する
「なんだ?」
「トラップがある」
「どこに?」
「ここ」
夜が指差した場所には何もない
「ん?」
「霊の糸が張ってある」
「糸?」
「切ったら呼び鈴でも鳴るんじゃない?」
「じゃあくぐって行こう」
滝沢がその糸の下をくぐろうとした
その時だった
夜は背負っていた日本刀の柄を握る
霊力を注ぐと鞘から漆黒の刃が現れた
ヒュッ
空気を切り裂く音
目に見えない霊糸が断ち切られる
「あ?おい何してんだ?」
「斬った」
夜は滝沢の方を見てにっこりと笑う
その瞬間
金虎開発ビルの全てのフロアの明かりが一斉に灯った
「……ほんとに呼び鈴じゃねぇか」
滝沢が呆れる
「さぁ行こうか」
「ったく……」
自動ドアが音もなく開く
二人は広大なエントランスホールへと足を踏み入れた
その瞬間
夜は漆黒の刀を構え流れるように舞い始めた
宙を斬り空間を薙ぎ払う
その動きは美しくもどこか狂気じみていた
「おい何してんだ?」
霊体が見えない滝沢には夜が一人で演舞をしているようにしか見えない
「あんたはここでは用なしみたい」
夜は舞いながら言う
「いきなり私の出番だ」
「先に地下に行く方法を探してて」
「分かった!」
滝沢は一階の奥へと走り出した
その滝沢の背中を見送りながら夜は舞いを止める
そしてホールの闇の一点を見据えた
スゥっと
その闇から一人の男が姿を現す
絹のような長袍をまとった細身の男
**蕭 飛燕(ショウ・ヒエン)**だった
「你好(ニーハオ)」
夜は刀を肩に担ぎ二本指でよう、と挨拶する
飛燕は反応しない
「こんなに可愛い女の子が挨拶してあげてるのに」
夜がそう言った瞬間だった
彼女は一気に間合いを詰め掌打を放つ
だが飛燕はそれを紙一重でかわす
そして片手で複雑な印を結んだ
夜の目の前に空間が歪み
清朝の役人の服を着た霊体が現れる
夜の目が鋭く光る
「……深淵か!」
【同時刻・1Fロビー奥】
滝沢は手当たり次第に部屋のドアを開けていた
『この部屋じゃないな』
その時だった
ドゴォーン!
隣の部屋の壁が爆発したかのように砕け散る
その壁の破片と共に一体の大男が飛び出してきた
そしていきなり滝沢の胸ぐらを掴んだ!
「なっ!」
滝沢は即座に反応する
右手で相手の手首を持ち左手でその肘を捻り上げる
戦闘殺人術
護身術ではない。ただ人体の構造を理解し最も効率的に破壊するための技術。関節は極めるためでなく折るためにあり打撃は点を稼ぐためでなく骨を砕くためにある。純粋な殺しのための技だ。
だが
丸太のようなその腕はビクともしない
「なんだと……!?」
大男――**石 岳(セキ・ガク)**は滝沢を掴んだまま隣の部屋まで投げ飛ばした
滝沢の体は薄い壁をもう一枚突き破る
『なんだこの力……化け物か』
滝沢は床を転がり即座に着地する
そして間髪入れず銃を抜き黒岳に向かって撃った
だが黒岳は近くにあった重厚なテーブルを片手で軽々と持ち上げ盾にする
銃弾がテーブルにめり込む音
黒岳はテーブルを投げつけた
そしてそのテーブルの死角を利用し変わらぬスピードで突進してくる
テーブルを横に跳んで避けた滝沢
その目の前にすでに黒岳の巨大な拳があった
それは脳天めがけて振り下ろされる必殺のハンマーパンチだった