【午前0時前】
【滝沢のアジト】
滝沢は大きめのアタッシュケースを手に射撃場から出てきた。
本棚の隠しボタンを押す。
ゴゴゴと低い音を立てて本棚が元の位置にスライドした。
ソファに座っていた璃夏が不安そうな顔で立ち上がる。
「……なんだ?」
「ちゃんと帰って来て……くださいね」
その声はか細く震えていた。
「あ?」
滝沢は一瞬面食らったような顔を見せた。
そしてぶっきらぼうに吐き捨てる。
「……当たり前だろ」
滝沢は鉄の扉を開けアジトから出て行った。
璃夏はただ悲しそうにその閉じた扉を見つめていた。
【関東誠勇会ビル・入り口】
二人の見張りの組員が滝沢の姿を見てシャキッと背筋を伸ばす。
「お疲れ様です!」
滝沢はそれに片手を上げて応えた。
ビルの前には一台の黒く磨き上げられた高級セダンが停まっている。
運転手が後部座席のドアを開け滝沢が乗り込むのを待っていた。
滝沢が乗り込むと運転手は静かにドアを閉める。
そして自らも運転席に乗り込み車は音もなく夜の闇へと走り出した。
【同時刻・夜の自宅マンション】
夜はいつもの黒いスーツにタイトスカートという仕事着のまま自宅マンションのドアを開けた。
マンションのエントランスを出るとそこには一台の黒い高級車がハザードも点けずに停車している。
運転手が後部座席のドアを開け夜が乗り込むのを待っていた。
夜はそれに静かに乗り込む。
車は来た時と同じように音もなく走り去った。
【帝国ホテル・地下駐車場】
深夜の静まり返った地下駐車場。
その一番奥に二台の黒い高級車が寸分違わず同時に到着した。
それぞれの運転手が後部座席のドアを開ける。
一台からは滝沢が。
もう一台からは夜が。
二人は別々の車から降り立った。
「こちらへ」
運転手の一人が静かに告げ歩き出す。
滝沢と夜は無言でその後に続いた。
案内された先は駐車場の最も薄暗い区画。
そこには今はもう使われていないであろう巨大な鉄の扉があった。
運転手は頑丈そうな鍵を取り出すとその扉を開錠する。
そして二人りがかりでギィィと重い音を立ててその扉を開いた。
滝沢と夜はその暗い通路の中へと入って行く。
背後で運転手たちが再び鉄の扉を閉め鍵をかける重い音がした。
【ロイヤル街道】
そこはロイヤル街道と呼ばれる秘密の地下通路だった。
皇居と国会議事堂そして帝国ホテル。
この国の中枢を地下で結ぶ公式の地図には存在しない道。
国家を揺るがす特別な有事の際以外は決して使われることのない禁断のルート。
その存在は一部の国会議員でさえほとんど知る者はいない。
その静まり返った通路を滝沢と夜は並んで歩いていた。
「元気そうだな小娘」
滝沢が先に口を開いた。
「滝沢も元気そうじゃない」
夜は少しだけ笑って返す。
「笑っていられるのも今のうちかもだぞ?」
「かもね」
夜の笑みが消えた。
やがて通路が二股に分かれる。
二人は迷わず右の通路を進んだ。
しばらく進むとその右側の壁に一つの大きな扉があった。
滝沢がその重いドアノブに手をかける。
「行くぞ」
「あぁ」
扉の向こうはだだっ広い円形の空間だった。
中央に巨大な円卓テーブル。そして三つだけ椅子が置かれている。
部屋の正面の壁は全てが巨大なモニターになっていた。
一つの椅子にはすでに誰かが座っている。
そのシルエットは闇に溶け込み判然としない。
滝沢と夜は空いている二つの椅子にそれぞれ腰を下ろした。
やがて正面の闇の中から静かでしかし絶対的な権威を宿した声が響く。
「―――集まったな。八咫烏の二本の足よ」