八咫烏ファイル


第七章:八咫烏・結集


【滝沢のアジト】
「もう入っていいぞ」
滝沢の静かな声が鉄の扉の向こうから聞こえた。
璃夏と小里は顔を見合わせると恐る恐るアジトの中へと戻る。
部屋の主はすでに平然とソファに座り新しいタバコに火をつけていた。
さっきまでの鬼気迫るような雰囲気はどこにもない。
「……何だったんですか?今の電話」
璃夏が心配そうに尋ねた。
「……それは言えない」
滝沢はそれだけ言うと短く煙を吐き出した。
璃夏はその有無を言わさぬ口調に何かを察したようだった。彼女はそれ以上何も聞かなかった。
「俺は今夜からしばらく出かける」
滝沢は静かに告げた。
そして小里の目を真っ直ぐに見る。
「小里」
「ははい」
「浜崎組の一件もある。万が一のことがあったら璃夏を頼む」
その静かな声には命令とも懇願ともつかない重い響きがあった。
「……分かりました。この命に代えても」
小里は深々と頭を下げた。
滝沢は頷くと立ち上がった。
そして壁一面を埋め尽くす巨大な本棚の一冊を手に取る。
本が収まっていた場所の奥に小さなボタンが隠されていた。
それを押す。
ゴゴゴ……という低い駆動音と共に本棚がゆっくりと横にスライドしていく。
その奥にコンクリートの通路が現れた。
「ついてこい」
滝沢は璃夏と小里にそう言った。
通路を進んだ先。そこには小さな射撃場と壁に整然と並べられた様々な銃器があった。
璃夏と小里はこの場所の存在は知っているようだった。
だが滝沢は射撃場の横の壁に設置された巨大な姿見の鏡の前に立った。
そしてその鏡を強く押す。
鏡が音もなく内側に開いた。
さらに奥へと続く新しい通路。
「こんなものが……」
小里が絶句した。
「凄い……」
璃夏も息を呑む。
「いざとなったらここから逃げろ」
滝沢は振り返らずに言った。
「この通路は地下の下水道に繋がってる」
「中は迷路だ。だがひたすら右へ右へと進め。突き当たりのハシゴを登れば外に出られる」
「……分かりました」
小里はただそう答えるのが精一杯だった。
この男の用意周到さ。その底知れない深淵をまた一つ見せつけられた気がした。