雨宿りの記憶

 月曜の放課後。空は薄曇りで、雨が降るかどうかを迷っているようだった。
 和成は下駄箱の前で心羽を呼び止めた。
「なあ、この前のカフェ、また行かない?」
 驚いた顔をする心羽に、和成は照れたように笑った。
「別に深い意味とかじゃなくてさ……いや、あるけど。あ、いや、その」
 焦った様子に、心羽は思わずくすっと笑った。
「……いいよ」
 その笑顔に、和成の胸が不意に高鳴った。
 二人が商店街に着くころには、ぽつりぽつりと雨が落ち始めていた。傘を差しながら歩く和成がふと尋ねる。
「この前、泣きそうだったの、何か理由あった?」
 心羽は足を止めた。
「……私、ずっと人と話すのが苦手で……好きなこと話すと引かれるんじゃないかって思ってた」
「そんなことないだろ」
 和成は笑いながら傘を少し傾け、彼女が濡れないようにした。
「俺、心羽の話、ちゃんと聞きたいよ」
 胸が熱くなる。今まで誰もそんなふうに言ってくれたことがなかった。
「……じゃあ、今度話すね」
 小さな声だったが、和成ははっきり聞こえた。
「約束な」
 彼は小指を差し出した。心羽は少し恥ずかしそうに笑いながら、その指に自分の小指を絡めた。
 その様子を遠くから見つめていたはるかは、胸に手を当てていた。
(なんでこんなに、苦しいの……?)
 彼女はスマホを握りしめたまま、写真を撮ることもできなかった。

 カフェに入ると、店内は落ち着いた音楽が流れていた。窓際の席に座り、ホットドリンクを注文する。
「この前、泣きそうって思ったの……」
 心羽が口を開いた。
「私、昔、友だちに本の話をしたら『暗い』って言われたことがあって。それから、何も話せなくなった」
 俯く心羽に、和成は首を横に振った。
「暗くなんかないだろ。好きなもの話して何が悪いんだよ」
 その言葉が、心羽の胸の奥に響いた。
 カップを持つ手が震える。涙がにじんで、視界がぼやける。
「……ありがとう」
 震えた声は、確かに届いていた。
 カフェを出る頃には、雨は止んでいた。
 商店街を抜ける道、和成はぽつりと呟いた。
「俺さ、誰かの力になれたらって、ずっと思ってる。でもさ、そうやって余計なお世話してるだけかもな」
「そんなことない」
 心羽は即答した。
「和成は……私のこと、助けてくれたから」
 和成は照れくさそうに笑い、頭をかいた。
 一方その頃、はるかはスマホを手にしたままベッドに寝転んでいた。
(私、どうしたらいいんだろ……)
 心の奥に広がる寂しさを埋める答えは、まだ見つからない。
 幸輝は体育館で一人、シュートを繰り返していた。
「……俺、何やってんだ」
 誰にも届かない言葉を、雨上がりの夜風がさらっていった。
【終】