週末。朝から降り続く雨は止む気配を見せなかった。
 心羽は図書館の窓際の席に座り、分厚い文庫本を開いていた。雨の音は静かで落ち着くはずなのに、今日はなぜか心がざわつく。
 スマホをちらりと確認すると、和成からメッセージが届いていた。
『この前の商店街、また行かない?』
 すぐに返事を打とうとして、指が止まる。何と返せばいいのかわからない。
 (どうして……こんなに考えちゃうんだろう)
 結局、返信せずにスマホを伏せた。
 図書館の隅、資料室の入り口からその様子を見ている人物がいた。はるかだ。
 彼女は本を抱え、目を伏せて心羽を観察している。
「……やっぱり、あの二人」
 小さな声が雨音に紛れて消えた。
 午後、図書館を出た心羽は雨宿りのために駅前の商店街に立ち寄った。あの日と同じ場所、同じ匂い。
 ふと、背後から声がかかる。
「やっぱりここにいた」
 和成だった。片手に差している傘のしずくがぽたりと地面に落ちる。
「連絡、くれないからさ」
 和成は苦笑しながらも目を細める。
 心羽はうつむいたまま言った。
「……ごめん」
「何で謝るんだよ」
「……わかんない。でも……」
 そこまで言って、心羽は唇を噛みしめた。
 本当は伝えたい。けれど、怖い。
 自分が何を言っても、誰も聞きたがらないのではないかという恐怖が体を固くする。

 和成は少し間を置いてから、傘を差し出した。
「とりあえずさ、濡れる前に入ろうぜ」
 商店街の小さなカフェに入ると、和成はホットコーヒーを、心羽はココアを注文した。
 窓の外で雨粒が走る音だけが響く。
 沈黙が長く続いた。和成はカップを持ったまま、ようやく口を開く。
「心羽って、どうしてそんなに自分のこと隠すの?」
 問いかけに、心羽は顔をこわばらせた。
「……話したら、嫌われると思うから」
 小さな声。けれどその言葉は和成の胸に深く刺さった。
「俺は、嫌わないよ」
 和成の声は穏やかで、まっすぐだった。
 心羽の視界がぼやける。頬を熱いものが伝った。
 泣きそうになる自分に気づいて、心羽は慌てて顔を隠した。
 そのとき、遠くの路地でシャッター音が響いた。
 カメラを構えていたのははるかだった。
「……何で泣きそうなの」
 レンズ越しに見える二人は、どこか遠い存在のようで、胸が締めつけられる。
 その夜、心羽は机に向かいながら、ようやく和成のメッセージに返事を書いた。
『……今度、行こう』
 送信ボタンを押す指が小刻みに震えた。
 一方、幸輝はバスケットボールを抱えたままグラウンドに立っていた。雨に濡れながらも構わずゴールに向かう。
「……何でこんなに苛立つんだ、俺」
 胸の奥で渦巻く気持ちに、まだ名前をつけられないでいた。
【終】