―待ち合わせは、                   名前を忘れた恋の先で―

季節は、初夏。
日差しが強くなり始めたある日のことだった。

 

いつものように放課後、図書室の整理を終えて廊下を歩いていると、
背後から微かな視線と、ひそひそ声が耳に触れた。

「……ねえ、あれ、香月さんじゃない?」
「この前、高瀬くんと一緒にいたって……」

 

空気が変わる。
視線が刺さる。
聞こえないふりをして歩く足が、少しだけ早くなる。

 

次の日からだった。

誰かの意図的な“無視”。
机の中から消えた筆箱。
図書室に置いたはずの借用ノートが破られていた。

 

明確な加害ではない。
でも、確かに「嫌われている」とわかる、静かないじめ。

 

教室の隅。
私は小さくなって席に座ることしかできなかった。

高瀬くんに知られたくなかった。
あの人の周りはいつも明るくて、眩しくて、私みたいな存在がいてはいけない気がして。
迷惑をかけたくなかった。

 

でも──

 

ある日、帰り道。
図書室での片付けを終えて、人気のない校舎裏の通路に出た私は、
耐えていた涙を、こぼしてしまった。

そのとき──

「……泣くなよ」

振り返ると、影から現れたのは、高瀬くんだった。

 

「……見てたの?」

「見てた。ずっと、気づいてた」

 

彼はそう言って、私の隣に立ち、同じ方向を見ながら呟いた。

「なんかあったら言えよ。言わないと、何も守れねぇだろ」

 

言葉の意味はわからなかった。
でも、彼の声はあたたかかった。

 

帰り道の夕焼けの中、並んで歩く影がひとつ、ふたつ。

距離はまだ曖昧だったけれど、
その影の重なりに、私は少しだけ救われていた。