現役時代は出⾃を隠したり所属を変えたりしながら潜⼊調査を⾏っていた。伊坂⼯業との取引も覚悟を決めて受けた任務であったが、 某主計中佐から繰り返し⾔われていたように、 何か⼀つでも間違いを起こせば問題となる、 下⼿をすれば軍法会議に掛けられる可能性もある危険で繊細な任務であった。元々主計中佐の⼀存で続いたあの取引であったが、 後から⼀任を申し出た⾃らも同じようなものである。問題は起こさぬよう努めていたが、幸枝を苦しめるような⼈物を⾒つけるとつい許せなくなって強く出てしまったことがあったし、 任務外で幸枝に会ったことや、 職権を利⽤したことも幾度もあった。それに、さらに気を付けるべきは⼤陸での任務の件である。この件はまさに⾝分を偽った秘密裏の作戦続きで、 何度も⾝を危険に晒した。 結局終戦間際の有耶無耶に紛れていち早く帰国し今⽇まで⽣きているのだが、進駐軍にでも⽬をつけられていたらと考えてしまうことがある。⾃らが危険な状況に⽴たされているかもしれない状態で、幸枝さんに近づいて良いのだろうか、幸枝さんを守ることはできるのか──。
しかも、 海軍軍⼈を⽣業としてきた⼀族は敗戦とともに職を失うどころか、多くが戦死や戦病死で帰らぬ⼈となった。⾃らの⽴て直しのために早いうちに⽣きる術を⾒つけなければならない──。
正博は⼤いに悩んでいる。
「幸枝さん、 もう⼀度訊くが、 今向かっているのは横須賀だ。 正確には俺の実家の離れだが」
幸枝は淡々と話す正博に驚きの⽬を向けた。
「……⻑津さんの御実家に?御迷惑じゃあありません?」
夜道の⾵を切るように歩く正博は、前を向いたまま話す。
「問題ない、離れを使っているのは俺だけだ。 部屋も幸枝さんと俺とで分けるし、出歩く時は俺が君を警護する。 明⽇、また⼀緒に本社の辺りをあたってみよう。 君さえ良ければだが」
「ええ。私も⾏くあてが他にありませんから、⻑津さんが良いと仰るのなら……」
しかも、 海軍軍⼈を⽣業としてきた⼀族は敗戦とともに職を失うどころか、多くが戦死や戦病死で帰らぬ⼈となった。⾃らの⽴て直しのために早いうちに⽣きる術を⾒つけなければならない──。
正博は⼤いに悩んでいる。
「幸枝さん、 もう⼀度訊くが、 今向かっているのは横須賀だ。 正確には俺の実家の離れだが」
幸枝は淡々と話す正博に驚きの⽬を向けた。
「……⻑津さんの御実家に?御迷惑じゃあありません?」
夜道の⾵を切るように歩く正博は、前を向いたまま話す。
「問題ない、離れを使っているのは俺だけだ。 部屋も幸枝さんと俺とで分けるし、出歩く時は俺が君を警護する。 明⽇、また⼀緒に本社の辺りをあたってみよう。 君さえ良ければだが」
「ええ。私も⾏くあてが他にありませんから、⻑津さんが良いと仰るのなら……」



