石楠花の恋路

正博は、 辺りを⾒回して動こうとする幸枝を放っておくこともできず、すたすたとその場から離れようとする彼⼥の腕を掴む。
「単独⾏動はよせ」
⾃⾝の腕を掴む⼿を振り切ろうとした幸枝であったが、鍛え抜かれた腕から伸びた⼿は、その細い腕から離れることはない。
「⽇が暮れてからもきれいな⾝なりでこんなに⼤きな旅⾏鞄を持っていては、⾃ら盗⼈(ぬすっと)に会いに⾏くようなものだ」
正博が細腕(ほそうで)から⼿を離すと、⼒の抜け切ったそれがだらんと垂れた。
「……あと五分だけ、お付き合いいただけませんか」
「はあ」
幸枝は正博の元から数歩進んで、 焼け落ちた本社の⼊⼝で⽴ち⽌まる。 ⼊⼝の扉は外され、代わりに 『危険⼊ルべカラズ』 という貼り紙がされている。 建物⾃体も焼けて損壊しているが、よくよく中を覗いてみると引越でもしたかのように⽚付いていて、 部屋の中には何も無いようだ。⼀階の右⼿側にあった応接間を窓ガラスの割れた窓枠から⾒てみると、 ソファーも、 テーブルや椅⼦も、 コンソール・テーブルも全て跡形もなくなっている。それこそ⽕に巻き込まれて全て焼けてしまったのかもしれないが、 灰やガラスが⾒当たらないのが、誰かがこの建物を⽚付けたことを意味している。幸枝は再び⼊⼝のほうに戻って⽞関の辺りを⾒回してみた。
「あれは……!」
正⾯⽞関の踊り場に(ほうき)が⽴て掛けてある。
「五分、経ったぞ」
朽ちた建物の中に⼈の気配を⾒つけて⽬を⾒開いていた幸枝は嬉々として振り返る。
「⻑津さん、有難うございます……!」