秋の初めの屋敷は、早咲きの⼭茶花に飾られて(ほの)かに⽢い⾹りが漂う。⻑いようで短い時間を過ごしたこの別邸にも、いよいよ別れを告げる⽇が来た。午後⼀番、 屋敷の⼈々と客⼈は広間に集まっている。留守居から使⽤⼈までがずらりと広間の奥に並び、⽞関には⾨番の⼩野⽊と正博、そして幸枝が⽴っている。
「皆様、お世話になりました。⻑津さんも……有難うございました」
ひとつ礼をして顔を上げた⼥の断髪の裾からは、ほんのりと⾚らんだ頬が覗いている。
「いってらっしゃいませ」
使⽤⼈総出の⾒送りを受けて屋敷を出た幸枝は、⾨の前で⽴ち⽌まって振り返った。ざわざわと空っ⾵に吹かれる⽊々の前にどっしりと構えているこの屋敷は初めて⾒た時と同じように荘厳であったが、同時に(わず)かな歳⽉を包み込む温かさもあるように⾒えた。
「伊坂様、出発のお時間です」
屋敷を⾒上げる幸枝に声を掛けたのは⼩野⽊である。その先には、幸枝の⼤きな旅⾏鞄を持った正博が⽴って待っているのが⾒えた。 本当にこの屋敷での⽣活に、甲州の地に別れを告げる時が来たのだと実感した幸枝は颯爽と⾨を出た。
「⼩野⽊さんも、⾊々と有難うございました……お元気で」
⼩野⽊は柔らかな笑みを⾒せて頷く。
「⾏こうか」
「ええ」
⼆⼈はゆっくりと歩き出した。
「申し訳ない、⾃動⾞を⼿配することも出来ず」