この⽇幸枝は初めて正博の恍惚(こうこつ)とした表情を⾒た。これまで氷のように冷たかった表情が⼀気に溶けて、 ぽたりと垂れる⽔滴のようにまどろんでいる。その時間は数秒続いたが、やがてハッとした正博は突然その場から⽴ち上がった。
「もう夜も遅いな。東京に戻る準備もあるだろうし、今⽇はもう寝よう」
「……ええ。⻑津さん、おやすみなさい」
「ああ」
また置いてきぼりを⾷らったような気分になった幸枝は僅かな違和感を抑え、すんとして⾃室へ戻った。