石楠花の恋路

「そうか、そうしたら今週末の朝、 此処を出よう。 昼頃には東京に着くだろう。隆⾏、菅沼の爺さん婆さんと使⽤⼈たちに明⽇伝えてくれ」
「かしこまりました」
正博は幸枝に⽬を向けた。
「幸枝さんは、問題ないね」
「はあ」
幸枝が頷いたのを⾒て満⾜気な表情の正博は、
「それじゃあ、この話は(しま)いだ」
と席を⽴った。
幸枝はまたもや正博に置いてきぼりにされたような気がして、 慌てて居間を出た。 正博が甲州に来てからというもの、いよいよ勇気を出して直接あの疑問を問いかけてみようかと思い機会を伺っているのだが、(ことごと)くタイミングが合わない。もう正博は部屋に戻っただろうかと思いながら⾜早に階段を上がると、彼はまだ廊下に居る頃合いであった。
「⻑津さん……」
⾃室に⼊ろうとしていた正博はドアノブから⼿を離し、幸枝に向き直った。
「どうしたんだい」
幸枝は⼀呼吸置いて話し始める。
「あ、あの……えっと、その……ず、ずっと……な、⻑津さんにお伺いしたいことがあって……その……」
正博はどぎまぎしている幸枝の様⼦を⾒て違和感を覚える。普段は毅然としている彼⼥がこんなにも動揺しているのは珍しかった。はじめは何か重⼤なことでもあったのかと思ったが、「ずっと」という⼀⾔で勘づいた。とうとう答を伝える⽇が来たか──。
「⼀旦座って落ち着こう、ゆっくり話してくれて構わないから」