⼩さな肩を⽬⼀杯抱え込んだ正博は、 愛おしき彼⼥の⽿元でその名を呼ぶ。 妙な安⼼感が湧き上がってきて、 遂に涙が溢れそうになった。⾸筋から漂う春の花のような⾹りに陶酔しつつも彼⼥を⾃らの⾝から離した彼は、⼀歩下がり姿勢を直して、
「すまなかった」
と頭を下げた。幸枝は突然の謝罪に動揺し、
「どういうことですか、とにかく……頭を上げてください」
と慌てた調⼦で正博のがっしりとした肩に触れる。
正⾯を向いた正博は、やや悲愴な表情で話し始めた。
「幸枝さん、 俺は出来れば君を此処には連れて来たくはなかった。 叶うのならば、 俺は君と共に東京に残り、あれ迄と同じように仕事をしていたかった。しかし、 我々は既に東京が空襲に遭うことは想定していたし、 ⽇本橋や本所もきっと標的になると踏んでいたから、 君をそんな危険な⽬に遭わせるわけにはいかないと思い君を此処へ送ると決めた。こうするほかなかったんだ、分かってくれるかい……いや、分かってくれと⾔うのも⾝勝⼿だな。 俺はあれから台北や京城に⾶ばされ終戦間際まで⼤陸で過ごしていたが、君を此処へ遣るというのは本当に良いことだったのか、その判断が正解であったかについて悩み続けていた。 すまない、こんなことになってしまって」
正博の腿の横に下ろした拳は⾒ていてもひしひしとその圧⼒が伝わってくるほどに強く握られている。幸枝は「すまない」という彼の⼀⾔に様々な意味を⾒出そうとした、 否、実際、多くの意味が込められているようであった。
「すまなかった」
と頭を下げた。幸枝は突然の謝罪に動揺し、
「どういうことですか、とにかく……頭を上げてください」
と慌てた調⼦で正博のがっしりとした肩に触れる。
正⾯を向いた正博は、やや悲愴な表情で話し始めた。
「幸枝さん、 俺は出来れば君を此処には連れて来たくはなかった。 叶うのならば、 俺は君と共に東京に残り、あれ迄と同じように仕事をしていたかった。しかし、 我々は既に東京が空襲に遭うことは想定していたし、 ⽇本橋や本所もきっと標的になると踏んでいたから、 君をそんな危険な⽬に遭わせるわけにはいかないと思い君を此処へ送ると決めた。こうするほかなかったんだ、分かってくれるかい……いや、分かってくれと⾔うのも⾝勝⼿だな。 俺はあれから台北や京城に⾶ばされ終戦間際まで⼤陸で過ごしていたが、君を此処へ遣るというのは本当に良いことだったのか、その判断が正解であったかについて悩み続けていた。 すまない、こんなことになってしまって」
正博の腿の横に下ろした拳は⾒ていてもひしひしとその圧⼒が伝わってくるほどに強く握られている。幸枝は「すまない」という彼の⼀⾔に様々な意味を⾒出そうとした、 否、実際、多くの意味が込められているようであった。



