「やあ、暫くだな」
「はい、暫く。ご無事で何よりです」
⼩野⽊は数年前、 正博から今の任を解かれたら甲州に向かうと⾔われていて、それを今⽇この⽇まで覚えていた。 その所為か突然彼が現れたところで驚きすらしない。 彼が此処に来たのは紛れもなく、あの客⼈の迎えに上がるためである。
「幸枝さんは」
やはりこの⼈はそのことばかり気にしている──ほんの少し笑みを⾒せた⼩野⽊は、
「伊坂様をお呼びします、ひとまず居間へ」
と正博を屋敷へ促すとともに前庭の⼿⼊れをしている使⽤⼈に正博が来た旨を皆に伝えるよう指⽰した。 使⽤⼈も正博が帰ってきたのは遠⽬に⾒ていたらしく、即座に鋏を置いて屋敷へ戻っていく。
正博は居間で暖炉の上に飾られた写真を眺めている。その昔過ごしていた穏やかな⽇々がそこには映し出されていた。 無邪気な懐かしい記憶が並ぶこの部屋は、 正博にとっては久しぶりに⼼の安らぐような場所であった。その間に仕事の合間を縫ったのか使⽤⼈や留守居がぱらぱらとやってきて、 軽い世間話なんかをしながら過ごしていたが、そのうち、 待望の⼈がやって来た。
居間の⼊り⼝に佇むその⼥性は些か細くなったようにも⾒えたが、 深海のような美しい⿊髪の断髪で、⼩柄で、 此⽅の全てを⾒透かしてしまいそうなあの眼も健在であった。
居間に客⼈が居ると使⽤⼈に告げられて階下に降りてきた幸枝であったが、その客⼈が今後会うことがあるのかどうかも分からなかったあの男性であることに驚きを隠せなかった。
「はい、暫く。ご無事で何よりです」
⼩野⽊は数年前、 正博から今の任を解かれたら甲州に向かうと⾔われていて、それを今⽇この⽇まで覚えていた。 その所為か突然彼が現れたところで驚きすらしない。 彼が此処に来たのは紛れもなく、あの客⼈の迎えに上がるためである。
「幸枝さんは」
やはりこの⼈はそのことばかり気にしている──ほんの少し笑みを⾒せた⼩野⽊は、
「伊坂様をお呼びします、ひとまず居間へ」
と正博を屋敷へ促すとともに前庭の⼿⼊れをしている使⽤⼈に正博が来た旨を皆に伝えるよう指⽰した。 使⽤⼈も正博が帰ってきたのは遠⽬に⾒ていたらしく、即座に鋏を置いて屋敷へ戻っていく。
正博は居間で暖炉の上に飾られた写真を眺めている。その昔過ごしていた穏やかな⽇々がそこには映し出されていた。 無邪気な懐かしい記憶が並ぶこの部屋は、 正博にとっては久しぶりに⼼の安らぐような場所であった。その間に仕事の合間を縫ったのか使⽤⼈や留守居がぱらぱらとやってきて、 軽い世間話なんかをしながら過ごしていたが、そのうち、 待望の⼈がやって来た。
居間の⼊り⼝に佇むその⼥性は些か細くなったようにも⾒えたが、 深海のような美しい⿊髪の断髪で、⼩柄で、 此⽅の全てを⾒透かしてしまいそうなあの眼も健在であった。
居間に客⼈が居ると使⽤⼈に告げられて階下に降りてきた幸枝であったが、その客⼈が今後会うことがあるのかどうかも分からなかったあの男性であることに驚きを隠せなかった。



