終戦以降も、幸枝は甲州で何⼀つ変わらぬ⽇々を過ごしていた。この屋敷にはひとつ、進駐軍に建物と⼟地とを接収される可能性がありそれ⾃体も時間の問題であったが、僻地(へきち)ゆえか今のところそういった通達は来ていない。
「伊坂様、お加減はいかがですか」
「ええ、⼤丈夫です」
幸枝はというと、毎⽇本を読んだり裏庭や⾃室から⾒える景⾊の絵を描いたりして過ごしていたのだが、別れの恐怖に(さいな)まれて⽇々元気を失っていた。
昼⾷に使⽤⼈の⽤意したスープを⼀匙(ひとさじ)(すす)る。相変わらずこの⾷堂はいやに広くて、⾷器とスプーンの触れ合う⾳が響き渡っている。 近頃は⾷欲が失せたもので、 ⾷べられないわけではないが、前菜とスープだけを⾷べていることが多い。 ⾷事が終われば、⾃室に⾏ったり、裏庭で過ごしていたり、これまでと変わらない筈だが、味気ない毎⽇である。
そうして過ごしているうちに真夏を通り過ぎ、 残暑の頃となった。幸枝は今⽇も少しばかりの朝⾷を⾷べ終え、⾃室で本を読んでいる。
(ページ)(めく)り、時折窓の外を眺めては再び⽂字の羅列に⽬を落とす。 窓の外では⼤⼩様々の⿃が悠々と空を舞っている。