石楠花の恋路

幸枝は甲州に着いた晩、東京へ向けて手紙を書いた。東京から山梨までは長旅で、山も近い甲州は寒さが厳しいように感じられるが、長津家の別荘は常に暖かく、良質な食事や設備を提供してもらって、十分満足している。私は今のところ元気にしているので、何か仕事があればいつでも連絡して欲しい。こんなに自然の豊かなところで(くら)していれば、毎日を穏やかに、楽しく過ごすことができるでしょう。お返事を待っています、そんな内容である。長津にも重ねてお礼の手紙を書き、それらは明朝(みょうちょう)に出すことにした。二通の手紙を書き終えて窓の外を見ると、満天の星空の下に月光に照らされた果樹園が見える。星はこれまでに見たことがないほどに美しく輝いて、大きな星、小さな星、明るい光、薄明るい光、白や青など、宝石箱のように美麗な夜空である。幸枝は、あれはダイヤモンドかしら、サファイヤのような星もある、真珠のように大粒で丸い星もあるし、あの星はオパールに似ているわ、などと考えながら暫くその星空を眺めていた。東京にいるときはゆったりと夜空を見上げることはなかった。浅草の夜空はいつもネオンに飾られて、目が(くら)むような明るさであったし、常にがやがやとしていた。しかし、ここは木々が風に揺られる音が聴こえるのみで、とても閑静(かんせい)な場所である。ざわざわ、そよそよという風の音が心地良い。ほんのり明るい暗闇は、丘を優しく包み込むように夜半(よわ)へと向かっていく。