「少しばかり⼆⼈にしてくれないか」
そう⼆⼈に告げた正博は、ノックをして部屋に⼊る。 丁寧に扉を閉め机の前に⽴った正博は、
「突然押し掛けて申し訳ありません、五分だけ時間を頂けませんか」
と早速切り出してきた。
「私の時間を何処からやって来たかも分からぬ者に割けだと?いきなり来ておいて随分調⼦の良いことを⾔うな」
軍帽を机上に置いた正博は、すかさず話し始める。
「私の所属は先程お渡しした軍⼈⼿帳でご覧になったかと存じます。烏滸(おこ)がましいのは承知ですが、お願いしたいことがございまして、というのも、 今度私の東京の知⼈が甲州へ疎開してくるのですが、その⽅が危険な⽬に遭わぬよう万が⼀の時にこの研究所の皆様の⼒をお借りしたいのです」
「ほう、とんでもなく烏滸がましい話だな。それで、その知⼈というのは」
⼤尉は顎に⼿を当てて話を聞き始めた。
「⼤きな声で⾔うのは(はばか)られますから、これは私と室⻑殿との内密の話になりますが、その知⼈というのが、とある⼤きな⼯業系の会社の令嬢なのです。令嬢であると同時に社交界の花でもある、その彼⼥を甲州の我が⼀家の別邸へ疎開させるということですが、 私は当然ながら任務がありすぐ(そば)では⾒てやれないので、⼀応別邸の⾨番や使⽤⼈を付けてはいますが、万が⼀空襲や事件が有った場合は協⼒しては頂けないかと」
真剣な表情で伝える正博に対し、⼤尉は笑って⼩指を⽴てた右⼿を出した。
「さては、これだな」
正博は何も⾔わなかった。