⻑津はある冬、 暇を⾒つけて⼀⽇だけ甲府へ向かったことがあった。 凍てつく⾵が吹き荒れるその⽇、彼は研究所へ直⾏したのである。 甲州の別邸へ向かう直前に寄り道するような気で通ったその研究所は、今⽇(こんにち)と同じくして、やはり警衛が⽴っていた。⽬深(まぶか)に軍帽を被った警衛は此⽅へ颯爽と歩いて来る軍⼈の階級章と徽章(きしょう)を⾒てピンと背筋を伸ばす。
中尉は警衛の前で歩みを⽌め、ひとつその警衛に尋ねた。
「此処は海軍技術研究所甲府分室だな」
「はあ」
次に中尉は⾃らの軍⼈⼿帳を開き、警衛に⾒せる。
「これをそのまま持っていってもらって構わないから、室⻑と五分ほど話せはしないだろうか、不在なら副室⻑にでも。その間私が君の代わりに此処に⽴っておく」
思わぬ⼈物の突然の来訪に対する驚きとその⼈物に警衛をさせる恐れ多さですっかり固まってしまった警衛であったが、上官からの指令では断ることができない。 ⼠官は腰に携えた拳銃ひとつで腕組みをして警衛のもと居た位置に⽴ち、警衛はその姿を背に室⻑のもとへと向かった。 ⼠官の軍⼈⼿帳を⾒せられた⼤尉と少尉は⼀度⽬を⾒開き、そして⽬を擦って再び⼿帳を⾒直して⾔った。
「あの堅物……いや、⻑津少将の次男坊が今此処に来ているのか」
「⻑津少将とは、まさか、あの⻑津少将でしょうか」
軍⼈⼿帳を閉じ警衛に突き出した室⻑は、
「他に誰が在るか、すぐに徳永と共に地上へ戻り連れて来い」
と副室⻑と警衛を⾏かせた。室⻑が腕組みをして焦り焦り狭い部屋の中を歩き回っているうちに、⼆⼈は正博を連れてやって来る。