「甲州の⻑津少将別邸から参りました、⾨番の⼩野⽊と申します」
「ああ、君は⾒かけたことがあるな。まあ、其処(そこ)に座って」
「はあ、失礼します」
⾃らは座ったまま客⼈を机越しの席に座らせた⼤尉は、ひとつ腕を組んで話し始める。
「それで、というのもおかしな話だが、甲州は此処ほどには被害はなかったろう」
「はあ、今回も別邸は無事でした」
⼤尉は腕を組みつつ咳払いをして続ける。
「⼀応、あの⼥について聞いておかなければならんな」
「伊坂様でしょうか」
胸元のポケットから⼩さな紙と鉛筆を取り出した⼤尉は、⼤きく頷いた。
「そりゃあそうだろう、それ以外に誰が居る。 俺もこんな仕事はしたくは無いのだが、 何せあの堅物⼠官がこの俺に頭を下げて乞うてきたのだからな。彼奴が⻑津少将の次男坊でなければ⼀蹴したかもしれんが、無下に扱うことも出来んのでな」