兵隊にとられ南⽅へ赴くこととなった彼は、 輜重兵として戦った末、感染症に罹り戦病死したという。最期は遠くを⾒つめたのち眠るように穏やかであったと伝えられたが、そうして逝った伍⻑は多くの⼈に悼まれているとのことであった。
幸枝は、⼤きな溜息を吐いた。
賑やかな浅草の夜のざわめき、 態と笑みを浮かべた唇に触れるコーヒーの苦さ、思いがけずすれ違ったときの⾼揚、気怠さ混じりのダラけた表情、熱い⼼情を交わした盛夏の⼣、群衆の中で差し伸べられた⻑く⼤きい⼿、近い未来への不安と現在の確信をぶつけ合った⽇の公園で聴いた蝉の声、 後悔を重ねた仕事帰り、彼の煽ったグラスの琥珀⾊、強⾬に濡れ憲兵に殴打されても伝えたかった事柄──。
窓に薄らと映る⾃らの顔の横で、その⼈と⾒た情景がありありと映し出されながら流れていった。 あのまだ平穏を感じていた⽇々がどこか遠い昔のように、 懐かしく感じる。 窓に映った⼥の⽬から⼀条の涙が溢れたが、それは故⼈の為でなく、任を受けて現在外地に勤めている海軍⼠官との会話を思い出したからである。彼⼥は⽪⾁にも故⼈を偲び遠きに暮す男性を案じることに対して瞳を潤ませたのであった。
──『本当に会わなくて良いのかい……きっともう会うことは無いよ』…… 『もう良いんです、あんな⼈、わたし、ひとりで……いいんです』──死んだ伍⻑よりも、あの時の冷えた⾝体と⼼を温めた⼠官の⼿と⾔葉のほうが忘れられなかった。
幸枝は、⼤きな溜息を吐いた。
賑やかな浅草の夜のざわめき、 態と笑みを浮かべた唇に触れるコーヒーの苦さ、思いがけずすれ違ったときの⾼揚、気怠さ混じりのダラけた表情、熱い⼼情を交わした盛夏の⼣、群衆の中で差し伸べられた⻑く⼤きい⼿、近い未来への不安と現在の確信をぶつけ合った⽇の公園で聴いた蝉の声、 後悔を重ねた仕事帰り、彼の煽ったグラスの琥珀⾊、強⾬に濡れ憲兵に殴打されても伝えたかった事柄──。
窓に薄らと映る⾃らの顔の横で、その⼈と⾒た情景がありありと映し出されながら流れていった。 あのまだ平穏を感じていた⽇々がどこか遠い昔のように、 懐かしく感じる。 窓に映った⼥の⽬から⼀条の涙が溢れたが、それは故⼈の為でなく、任を受けて現在外地に勤めている海軍⼠官との会話を思い出したからである。彼⼥は⽪⾁にも故⼈を偲び遠きに暮す男性を案じることに対して瞳を潤ませたのであった。
──『本当に会わなくて良いのかい……きっともう会うことは無いよ』…… 『もう良いんです、あんな⼈、わたし、ひとりで……いいんです』──死んだ伍⻑よりも、あの時の冷えた⾝体と⼼を温めた⼠官の⼿と⾔葉のほうが忘れられなかった。



