「よろしかったんですか」
⾨番は邸宅を去る⻘年の背を⾒ながら呟いた。
「……ええ。⼩野⽊さんの仰る通り、私はいずれ此の地を去る⾝ですから」
幸枝は⼥性集配員の進んでいった⽅向を⾒ながらきっぱりと⾔い放つ。⼀⽅の⼩野⽊は⼥性集配員から受け取った⼿紙の封を切り、中からもうひとつ封筒を出した。
「ご家族から⼿紙が届きましたよ」
「あら、有難うございます。きっとお⽗さまからね」
⼩野⽊から受け取った封筒を⽚⼿に、幸枝は上階の⾃室へ戻る。⼿元の封筒をひっくり返ししてみると、⾒慣れた⽗の筆跡が並んでいた。 封を破り開けると、⼆枚の便箋が⼊っていて、内容はこれまでと変わらず東京の状況や⽗と兄の⽣活、会社のことから始まり、 娘の安静を気遣う⾔葉が幾らか綴られている。 空襲で焼けた実家の離れの修繕が完了し、 今はただ相次ぐ注⽂に応えるべく⽇夜問わず操業していることや、 各部署の社員や各⼯場の⼯員が交代制で会社や⼯場を動かし続けていることが伝えられていた。⼀枚⽬を読み終わり捲ったところで、幸枝の⽬が⼤きく⾒開かれた。 呆然とする彼⼥の⽬に映っていたのは、 悲しい知らせではあるがという書き出しから始まる、 或る⼈物の訃報であった。誰もが知る財界の⼤物⼜は帝国指折りの実業家と称された家の⻑男で、知る⼈ぞ知る、映画俳優にも似た美貌を持ち合わせる帝国随⼀の⼤学の法科⽣についての話である。⽗からの⼿紙によれば、その⼈の死は本⼟の家族に伝えられて以後瞬く間に東京の財界や実業界に普く知らされたらしい。
⾨番は邸宅を去る⻘年の背を⾒ながら呟いた。
「……ええ。⼩野⽊さんの仰る通り、私はいずれ此の地を去る⾝ですから」
幸枝は⼥性集配員の進んでいった⽅向を⾒ながらきっぱりと⾔い放つ。⼀⽅の⼩野⽊は⼥性集配員から受け取った⼿紙の封を切り、中からもうひとつ封筒を出した。
「ご家族から⼿紙が届きましたよ」
「あら、有難うございます。きっとお⽗さまからね」
⼩野⽊から受け取った封筒を⽚⼿に、幸枝は上階の⾃室へ戻る。⼿元の封筒をひっくり返ししてみると、⾒慣れた⽗の筆跡が並んでいた。 封を破り開けると、⼆枚の便箋が⼊っていて、内容はこれまでと変わらず東京の状況や⽗と兄の⽣活、会社のことから始まり、 娘の安静を気遣う⾔葉が幾らか綴られている。 空襲で焼けた実家の離れの修繕が完了し、 今はただ相次ぐ注⽂に応えるべく⽇夜問わず操業していることや、 各部署の社員や各⼯場の⼯員が交代制で会社や⼯場を動かし続けていることが伝えられていた。⼀枚⽬を読み終わり捲ったところで、幸枝の⽬が⼤きく⾒開かれた。 呆然とする彼⼥の⽬に映っていたのは、 悲しい知らせではあるがという書き出しから始まる、 或る⼈物の訃報であった。誰もが知る財界の⼤物⼜は帝国指折りの実業家と称された家の⻑男で、知る⼈ぞ知る、映画俳優にも似た美貌を持ち合わせる帝国随⼀の⼤学の法科⽣についての話である。⽗からの⼿紙によれば、その⼈の死は本⼟の家族に伝えられて以後瞬く間に東京の財界や実業界に普く知らされたらしい。



