「隆⾏、頼むよ。五分で、いや、三分で済ますからさ」
「そういう問題じゃない、規則は規則だ」
幸枝は⽞関の扉に凭れ掛かって⼆⼈の会話に⽿を澄ませていた。どうやら訪問者は⼩野⽊の知り合いらしい。相変わらず訪問者⾃⾝は⼩野⽊に隠れて⾒えないが、声からして若い男である。ぼんやりと⾨番の広い背中を眺める⼥は、彼と訪問者の⼩競り合いをよそにいつかの晩のことを思い出していた。⼼配だと客⼈を⾒る彼の⽬は最早⾨番の⽬ではないと⾒え、 彼⼥はその気恥ずかしさに⼿っ取り早く話をまとめてしまい、かろうじて平静を保つためにあの不敵な笑みを⾒せたのであった。幸枝は不意にあの時の⾃らの⾏動と相⼿の表情を思い出し、顔が熱を帯びるのを感じる。しかし、事実、彼が知⼈の誼で世話になっている邸宅の⾨番であるとは⾔えど、鍛え上げられた⾁体とひとつ前の⾸相の⻑⼦に似た顔貌の美しさ、⼥を思いやる優しさに⽬を背けることはできなかった。 幸枝は彼に⾔われたことに案外納得してしまって、確かに⻑津さんが迎えに来てくれるのだし、いつかはこの地を離れるのだから、実に会わなければ苦痛を感じなくて済むと考えるようになっているのであった。 ところが、熱視線を向けていた⿊い背中から突如として⾒覚えのある顔がひょいと現れたので幸枝ははっとしてドアノブに⼿を掛けた。
「伊坂さん!」
⾨番の影から⾒えたのはあの醸造所の⻘年である。彼は⾨番を押し退けて幸枝の元へ⾏こうとしているが、妨げられて進めないようだ。
「そういう問題じゃない、規則は規則だ」
幸枝は⽞関の扉に凭れ掛かって⼆⼈の会話に⽿を澄ませていた。どうやら訪問者は⼩野⽊の知り合いらしい。相変わらず訪問者⾃⾝は⼩野⽊に隠れて⾒えないが、声からして若い男である。ぼんやりと⾨番の広い背中を眺める⼥は、彼と訪問者の⼩競り合いをよそにいつかの晩のことを思い出していた。⼼配だと客⼈を⾒る彼の⽬は最早⾨番の⽬ではないと⾒え、 彼⼥はその気恥ずかしさに⼿っ取り早く話をまとめてしまい、かろうじて平静を保つためにあの不敵な笑みを⾒せたのであった。幸枝は不意にあの時の⾃らの⾏動と相⼿の表情を思い出し、顔が熱を帯びるのを感じる。しかし、事実、彼が知⼈の誼で世話になっている邸宅の⾨番であるとは⾔えど、鍛え上げられた⾁体とひとつ前の⾸相の⻑⼦に似た顔貌の美しさ、⼥を思いやる優しさに⽬を背けることはできなかった。 幸枝は彼に⾔われたことに案外納得してしまって、確かに⻑津さんが迎えに来てくれるのだし、いつかはこの地を離れるのだから、実に会わなければ苦痛を感じなくて済むと考えるようになっているのであった。 ところが、熱視線を向けていた⿊い背中から突如として⾒覚えのある顔がひょいと現れたので幸枝ははっとしてドアノブに⼿を掛けた。
「伊坂さん!」
⾨番の影から⾒えたのはあの醸造所の⻘年である。彼は⾨番を押し退けて幸枝の元へ⾏こうとしているが、妨げられて進めないようだ。



