石楠花の恋路

約束を取り付けたい小野木は幸枝に対し挑戦的な目を向けた。その視線に気がついた幸枝は思わず目を逸らして窓の外を見ながら呟く。
「ええ、まあ……これからは裏庭のお花でも楽しもうかしら。取引成立よ」
幸枝は何かを言いかけた小野木の一言目を塞ぐ勢いで続きを話し始めた。困ったように見えていた表情は、いつの間にかあの不敵な笑みに変わっている。
「それにしても小野木さん、私のことが心配ですって?長津さんから私のことを託されていたとしても、貴方自身が私のことを気に掛けているとは……ふふっ」
女の不思議な笑みに、小野木は心臓に針を刺されたような感覚になり鼓動が速くなるのを体感している。一方の幸枝はちょこんと座った椅子の縁に両手を置き、すらりと細い足を組んでゆっくりと話す。
「私、ずっと思っていたんですけれど、小野木さんって……とても心優しくて、愛想も良くて、真剣にお仕事に取り組んでいらして……本当に素敵だわ。私、小野木さんみたいなひと、好きですよ」
「なっ、伊坂様、それは……」
小野木は思わず後退りをした。左足の(かかと)が壁に触れる。事実、日々十数時間に渡る門番の業務をこなしている小野木は当然のように身体的かつ精神的に疲れを感じていた。女の癒しが欲しいのは言わずもがなである。しかし目前で誘惑的な目を向ける女は主人の次男が見初めた令嬢、手出しすれば事の顛末(てんまつ)は容易に想像できる。
一方の幸枝は椅子を離れ机に擦り寄って、まごつく小野木を横目でちらりと見た。
「私……小野木さんとなら……」
顔を赤らめながら呟く幸枝を前にした小野木は不意に一歩右へずれて扉の前に立ち、深呼吸をして再び幸枝の目を見た。