「御名答ね」
幸枝は小野木からふいっと顔を逸らし、腕組みをして続ける。
「醸造所のかたよ、村松さん。小野木さんもご存知?」
女の口調には明らかに苛立ちが現れていた。対する小野木はその名を聞いて溜息を吐く。
「ああ、実君ですか」
「……私が悪かったんです。小野木さんに誤解していただきたくないのは、村松さんの所為ではないということで……私が勝手に変なことを言ったものだから少し怒らせてしまったようで、それで私はつい怖気付いてしまって……」
幸枝は丘で実と話してから屋敷に戻るまでのことを事細かに話した。その間、小野木は腰を上げて机に向かい、時々質問を投げかけながら丁寧に鉛筆を走らせ、その話に耳を傾けていた。幸枝が全てを話し終えると、小野木は再び腰を低くして幸枝に目線を合わせた。
「……御言葉ですが、もうあの丘へ行かれるのはよしたほうが良いのではないでしょうか」
幸枝は何も言わなかった。机上のランプに照らされた眼がきらりと光っているのが見える。
「実君は仕事には真っ直ぐな人ですが、その分人付き合いは下手で、良くも悪くも一旦火が点くと燃え上がってしまう気質があります。伊坂様は何れこの地を去るのですから、無理をしてそのような気難しい人と付き合う必要はないでしょう」
「まあ、そんな考え方もあるとは思うけれど……」
俯いた幸枝は考え込む様子を見せた。
「私は心配です。あの暴馬のような性格の彼と話して、本当に伊坂様の心身が傷つくようなことが有れば私も顔が立ちません。ですから……ここはひとつ取引をしませんか。あの丘へ行かぬことを条件に報告をよすことにしましょう」
幸枝は小野木からふいっと顔を逸らし、腕組みをして続ける。
「醸造所のかたよ、村松さん。小野木さんもご存知?」
女の口調には明らかに苛立ちが現れていた。対する小野木はその名を聞いて溜息を吐く。
「ああ、実君ですか」
「……私が悪かったんです。小野木さんに誤解していただきたくないのは、村松さんの所為ではないということで……私が勝手に変なことを言ったものだから少し怒らせてしまったようで、それで私はつい怖気付いてしまって……」
幸枝は丘で実と話してから屋敷に戻るまでのことを事細かに話した。その間、小野木は腰を上げて机に向かい、時々質問を投げかけながら丁寧に鉛筆を走らせ、その話に耳を傾けていた。幸枝が全てを話し終えると、小野木は再び腰を低くして幸枝に目線を合わせた。
「……御言葉ですが、もうあの丘へ行かれるのはよしたほうが良いのではないでしょうか」
幸枝は何も言わなかった。机上のランプに照らされた眼がきらりと光っているのが見える。
「実君は仕事には真っ直ぐな人ですが、その分人付き合いは下手で、良くも悪くも一旦火が点くと燃え上がってしまう気質があります。伊坂様は何れこの地を去るのですから、無理をしてそのような気難しい人と付き合う必要はないでしょう」
「まあ、そんな考え方もあるとは思うけれど……」
俯いた幸枝は考え込む様子を見せた。
「私は心配です。あの暴馬のような性格の彼と話して、本当に伊坂様の心身が傷つくようなことが有れば私も顔が立ちません。ですから……ここはひとつ取引をしませんか。あの丘へ行かぬことを条件に報告をよすことにしましょう」



