石楠花の恋路

さらに時折海軍の者もやって来る。間違いは起こらないに越したことはないが、間違いとは起きた場合に好ましくないのだからその名が付くのであって正博としては遥か遠くの大陸から内地の関係者を通じて伊坂幸枝は自分の見初めた女であるから如何なる者であっても手出しは無用であると報復を持ってして知らしめるほかないと考えていた。そういったことで、正博は小野木に対し、もし幸枝が何者かに危害を加えられた場合や悲しみを見せた場合には話を聞き即座に報告せよと指示をしていたのである。
「……また、長津さんですか……(いや)だわ。本当に大したことはないんです、小野木さん。長津さんにお伝えする必要などありませんわ」
断髪の裾がふわりと揺れる。
「今晩、何があったのか話してくださいませんか。当然ながら話すことの出来る範囲で構いませんし、他の者に知らせるようなこともありません。お話を伺ってから、報告の有無も考えましょう。今は一先(ひとま)ずゆっくりとお休みになられてください」
小野木はそう告げると、幸枝を屋敷の玄関へと促した。寂しそうな足取りで屋敷へ戻った幸枝は居間のソファーに(なだ)れ込むように座ったかと思うと、カチカチという時計の音を聞きながら呆然と窓の外を眺めるのであった。使用人の淹れた緑茶から出ていた湯気は気がついた頃にはとうに消えていて、湯呑みも冷たくなっていた。1日が終わり自室の机で本を読んでいた幸枝のもとに、すたすたと足音が近づいてきた。机上の腕時計の示す時間は午後十時過ぎである。
「伊坂様、小野木です」