「果樹園、人が沢山居ますね」
幸枝は遠景を見渡しながら、ぽつりと呟く。彼女が初めてここに来た時よりも緩い風が、当時と変わらず切り揃えられた断髪の裾を揺らし吹き抜けていった。
「中等学校の学生が援農で来たそうです」
「援農?」
ほんの少しの静けさの間に、鳥の寂しそうな声が聴こえる。
「農作業を手伝いに農村に出るんですよ。この辺りにもそれで子どもがよく来るようになったし、疎開も増えた」
「へえ、そうなのですね。確かに町のほうは人が多くなったような気がします」
幸枝の視線の先にある果樹園はいよいよ果実の実ろうかとしている頃である。くるりと盆地に背を向けた彼女は、実のほうを見て話を続ける。
「最近はどうです?醸造所のほうは」
「特に変わりなく。いつも通りワインを造って、酒石は甲府に送って、その繰り返し」
実の声はどうにもつまらないとか、活気のないとか、そんなものを語っているようである。
「そういえば気になっていたんですけれど、そのワインはどうしているのです?沢山造っていらしたようですが、町に行っても売られている様子はないし……」
再び丘の頂上に静けさが戻ってくる。木々の風に揺れる音だけが鳴り響く。発言を躊躇っていた様子の実は、ひとつ深呼吸をして話し始める。
「……ああ、それは……全て棄てています」
「え?折角造ったのに全て?」
幸枝は思わず驚いて、素っ頓狂な声を出した。
幸枝は遠景を見渡しながら、ぽつりと呟く。彼女が初めてここに来た時よりも緩い風が、当時と変わらず切り揃えられた断髪の裾を揺らし吹き抜けていった。
「中等学校の学生が援農で来たそうです」
「援農?」
ほんの少しの静けさの間に、鳥の寂しそうな声が聴こえる。
「農作業を手伝いに農村に出るんですよ。この辺りにもそれで子どもがよく来るようになったし、疎開も増えた」
「へえ、そうなのですね。確かに町のほうは人が多くなったような気がします」
幸枝の視線の先にある果樹園はいよいよ果実の実ろうかとしている頃である。くるりと盆地に背を向けた彼女は、実のほうを見て話を続ける。
「最近はどうです?醸造所のほうは」
「特に変わりなく。いつも通りワインを造って、酒石は甲府に送って、その繰り返し」
実の声はどうにもつまらないとか、活気のないとか、そんなものを語っているようである。
「そういえば気になっていたんですけれど、そのワインはどうしているのです?沢山造っていらしたようですが、町に行っても売られている様子はないし……」
再び丘の頂上に静けさが戻ってくる。木々の風に揺れる音だけが鳴り響く。発言を躊躇っていた様子の実は、ひとつ深呼吸をして話し始める。
「……ああ、それは……全て棄てています」
「え?折角造ったのに全て?」
幸枝は思わず驚いて、素っ頓狂な声を出した。



