石楠花の恋路

部屋の中に旅行鞄を置いた喜三郎は、幸枝を階下の居間へ案内する。ロココ調を思わせる家具や印象派と(おぼ)しき絵画の掛かった部屋の中央には四人分の緑茶と酒饅頭を置いたローテーブルがあり、一番手前には分厚いコートを片手に持つ門番がすでに座っていたようであったが、客人が来たのを見てスッと立ち上がり着席を勧めた。
幸枝は暖炉の側のソファーに門番と隣り合うように、そして老夫婦に向かい合うように座って緑茶を啜(すす)り、白くころりとした可愛らしい見た目の酒饅頭を(たしな)む。芳醇な深みと渋みのある緑茶とほんのりと甘い香りのもちもちとした酒饅頭は、冬の朝からの長旅の疲れと少々傷んだ心を癒してくれた。
「素敵なお家ですね、皆さんよくいらしたんです?」
幸枝は居間を見渡しながらそう尋ねた。感心したような調子で呟くその少女の目はキラキラとしている。長津家のことは詳しくは知らないが、芸術を楽しみ趣味の良い、そして財力のある家族であるということはこの屋敷に一歩踏み入れば瞭然(りょうぜん)だ。
「最後にご家族揃って見えたのは、もうずっと前ですね、いつだったかなあ……確か、三男の御坊ちゃまが一歳になったとか、そんな頃でしたかねえ」
喜三郎は思い出しながら話を続ける。正確な日付は思い出せないようであるが、長津家がこの別荘を訪れたのは随分と前のことのようだ。
「そうでしたか……近頃は色々とお忙しいのでしょうね」
「へえ、やはり戦争が始まってからはめっきり……ほとんど誰もお見えにならないですね。
其れ迄はよく御主人の御友人だとか、息子さん達の御学友だとか、色々な方を招いていたのですが。なんせ皆さん軍人さんですから……」