石楠花の恋路

(うつむ)きながら話す幸枝を横目に小野木は相変わらず前を向いて立っているが、その顔にはほんの少しの(かげ)りが現れ、何かを言い渋っているように見える。
「あの方は伊坂さんのことを大変気にしておられます。昨年の暮れの近い時に届いた手紙では、『本当は自分が東京に残って気に掛けてあげたいのだが』と書いてありました。伊坂さんにはお伝えにならなかったようですが、貴女を此処へ招いたのも不本意なのだそうです。可能ならばあの方自身が貴女の側に居たかったと……ただ、東京は間違いなく空襲の対象になるから、より安全な場所を提供すべきだと。それで貴女は今此処に居るということになるのですが……我々の元にも、毎月手紙が届きます。『幸枝さんは元気にしているか、悲しんではいないか、辛いことは無いか』と、いつもそこから文が始まります。万が一のことが有れば身を捧げて守れということで私は『身代わり』と呼ばれています。私としてもその期待を裏切るわけにはゆきません。多少過保護だと思われても、こうして自らの役割を貫徹(かんてつ)するほかないのです」
「……長津さんってば、何を考えているのか分からないわ」
幸枝は不満気な口調で呟き、足元に転がる石を蹴る。少女の爪先で弾かれた小石は音もなく跳ねて転がっていく。
「御言葉ですが……分からないも何も、貴女を気に掛けていることに尽きると思いますよ。貴女とは数年の親交があったと聞いていますが、それだけ共に居れば分かるのではないですか。あの方こそこの家の中でも誰よりも実直で誠実な方だと……私はそう思っています」