「お帰りなさいませ」
はっきりとした立ち振る舞いの彼は客人が屋敷へ入っていくのを見守っているが、ふとした瞬間に腹の虫が動いたか、きゅるり、と頓狂な音が聞こえた。その音は客人の耳にも届いてしまったようで、左手首に着けた腕時計を見た彼女はパッと振り返って、
「お昼どきですね、小野木さん」
と魅惑的な笑みを浮かべている。文字盤の示すところは正午まであと五分だ。幸枝は門前まで戻り、小野木の隣に立って続ける。
「もうすぐ昼食の時間です、私も今から丁度戻るところですし、小野木さんもご一緒にいかがです?」
「折角ですが、私の勤務時間は午後一時迄ですから。それに、食事の時間になれば使用人が呼びに来ます」
二人は前を向いたまま話す。
「それでは、あと一時間、此処に立っていらっしゃるんです?お腹も空いていらっしゃるでしょうに……」
「これが門番の務めですから」
幸枝は小野木の方にちらりと目を向けると、彼の身体ががっちりと緊張しているのが分かる。さらに表情も硬直しているようである。
「……長津さんが厳しく言ったのかもしれないけれど、大丈夫ですよ、私は。これでも此処に来る前は大都会の人波に揉まれながら生きていたんです。そう常に緊張なさらないでください」
小野木は返事をしなかった。ただ裏手の林から広がる木々の騒めきが聞こえるのみである。
「長津さんも、此処の方も、皆さん私のことを気にかけてくださるのは有り難いのですけれど、実は少し過保護なのではないかと思っています。私は今日迄十分自律して一人でやってきたつもりですから、なんだか子供扱いされているようで厭な気がしてしまいますよ」
はっきりとした立ち振る舞いの彼は客人が屋敷へ入っていくのを見守っているが、ふとした瞬間に腹の虫が動いたか、きゅるり、と頓狂な音が聞こえた。その音は客人の耳にも届いてしまったようで、左手首に着けた腕時計を見た彼女はパッと振り返って、
「お昼どきですね、小野木さん」
と魅惑的な笑みを浮かべている。文字盤の示すところは正午まであと五分だ。幸枝は門前まで戻り、小野木の隣に立って続ける。
「もうすぐ昼食の時間です、私も今から丁度戻るところですし、小野木さんもご一緒にいかがです?」
「折角ですが、私の勤務時間は午後一時迄ですから。それに、食事の時間になれば使用人が呼びに来ます」
二人は前を向いたまま話す。
「それでは、あと一時間、此処に立っていらっしゃるんです?お腹も空いていらっしゃるでしょうに……」
「これが門番の務めですから」
幸枝は小野木の方にちらりと目を向けると、彼の身体ががっちりと緊張しているのが分かる。さらに表情も硬直しているようである。
「……長津さんが厳しく言ったのかもしれないけれど、大丈夫ですよ、私は。これでも此処に来る前は大都会の人波に揉まれながら生きていたんです。そう常に緊張なさらないでください」
小野木は返事をしなかった。ただ裏手の林から広がる木々の騒めきが聞こえるのみである。
「長津さんも、此処の方も、皆さん私のことを気にかけてくださるのは有り難いのですけれど、実は少し過保護なのではないかと思っています。私は今日迄十分自律して一人でやってきたつもりですから、なんだか子供扱いされているようで厭な気がしてしまいますよ」



