彼らは正博を「堅物士官」と呼び、さらに少尉は幸枝を「堅物士官の見初めた女」と呼ぶが、幸枝には見初められた覚えはない。人は何処迄も噂好きだな、と思いながら幸枝は窓の外を眺めたり、暖炉の上に飾られた写真を見たりしている。噂という噂には悉く巻き込まれてきたが、此処でもまた同じ目を見るのかと呆れた。人間とは噂の好きな生き物で、異性とちょっとしたことで談笑していても、取引の関係で夜に会食をしただけでも、その話に尾鰭が付いてまわる。最近伊坂工業の令嬢はどこどこの会社の子息と感じが良いらしい、あの家が伊坂の娘を嫁に貰おうとしているらしい──こんな具合である。時には会ったこともない男性との噂さえ立つから、幸枝は噂話やそれの好きな人たちにはうんざりしている。
「……よしましょう、長津中尉は伊坂様に失礼のないようにとも仰っていたではありませんか」
痺れを切らしたように早口で告げたのは、それまで立つばかりであった兵曹長である。大尉と少尉は下級の士官に対して「上官になんて真似だ」と不快感を示すような表情を見せたが、咳払いをした大尉は幸枝の方に向き直る。
「我々は甲府の研究所に所属している。私は海軍大尉の高橋だ。で、隣は海軍少尉の徳永、それからこれは海軍兵曹長の平井だ。我々はこれから醸造所へ行く予定だが、先日長津正博君から連絡を貰って挨拶に上がった次第だ。醸造所に問い合わせたところ、君も見学をしたいそうだな、向こうの者から聞いた」
「……よしましょう、長津中尉は伊坂様に失礼のないようにとも仰っていたではありませんか」
痺れを切らしたように早口で告げたのは、それまで立つばかりであった兵曹長である。大尉と少尉は下級の士官に対して「上官になんて真似だ」と不快感を示すような表情を見せたが、咳払いをした大尉は幸枝の方に向き直る。
「我々は甲府の研究所に所属している。私は海軍大尉の高橋だ。で、隣は海軍少尉の徳永、それからこれは海軍兵曹長の平井だ。我々はこれから醸造所へ行く予定だが、先日長津正博君から連絡を貰って挨拶に上がった次第だ。醸造所に問い合わせたところ、君も見学をしたいそうだな、向こうの者から聞いた」



