「いやあ、あの堅物士官(かたぶつしかん)見初(みそ)めた女だというからどんなのかと思ったが……彼奴(あいつ)はこんな趣味なのか、あれも男だな、ははは」
「そもそも彼奴に女があるというだけで信じられん、候補生になる前からいつも仏頂面(ぶっちょうづら)鍛錬(たんれん)と任務にしか興味のない無粋(ぶすい)高明(こうめい)なあの堅物士官だぞ。私はてっきり彼奴は典型的な女嫌いだと思っていたんだがな、芸者と遊ぶより錬成(れんせい)、カフェーやキャバレーに行くより甲板仕事、()いては婦人会さえ忌み嫌っているそうだ。宴会の時も隅で一人大酒を飲んで()めた目で上官と女を見ているらしい……そんな堅物士官にこんないかにも女らしい女がいるとは、いや、驚くしかないだろう」
「それもそうだな、彼奴が寄越(よこ)した文書にはこの女はあの伊坂工業の令嬢である前におのれ以上に大切な人であるからと書いてあったが、女嫌いの堅物士官がそう語るのならば、相当の人物なのだろうな」
幸枝は聞こえないふりをしながら辺りを見回していたが、耳だけは(そばだ)てて、また時折肩の上の階級章に目を()りながらその場をやり過ごしていた。向かいの左側に居るのが大尉、その隣が少尉。少尉は心なしか中尉である正博よりも年を食っているように見えるが、それは彼の昇進が遅いからなのか、老けて見えるのか、それとも、正博が出世街道を走っているだけなのか、実年齢よりも若く見えているのか。手前側にいる一人は兵曹長とみえ、表情は見えないが真向かいで話す二人を前にしてもただ立ち尽くしているのみである。それよりも気になってしまうのは大尉と少尉の話である。